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河北省深州市:2002年北京に出かけ行方不明になった張暁紅さんの状況

 【明慧ネット2006年4月14日】中共の蘇家屯で法輪功学習者から生体臓器を摘出して販売し、さらに死体を焼却して証拠隠滅した犯行が暴露されてから、私はある友人から親戚の張暁紅さんが法輪功を修煉していて、2002年北京に行き行方不明になっていると聞いたことを思い出した。そして友人に状況を確認すると、以下のようだった。

 友人は、「張さんは河北省深州市人民医院の看護婦でした。2002年夏、徒歩で深州市から北京に出かける途中、行方不明になりました。たぶん行方不明の場所は河北省定州近くのトウモロコシ畑でしょう。具体的な状況ですが、張さんとほかの二人は警察の検問をさけるため、それぞれトウモロコシ畑を通り抜け、そして約2km離れた場所で待ち合わせすることを決めたが、張さんは遂に現れませんでした。それ以降にも張さんの情報は無く、行方不明になったとき、身元を判明するどんな身分証明書もなく、ただ10元しか持っておらず、夫、娘、親族が北京、河北、新疆の看守所を尋ねたが、全く消息は得られなかったようです。いま振り返ってみると、たとえ警察に検問されても、自分の本当の身分を明かすことはないでしょう。早く消息を知りたいものです」と話した。

 この友人によると、張さんは子供のとき父親を亡くし、6歳のとき、母親が再婚し、母親について河北省定州市高家村、すなわち北杏園村に移り住んだ。実父は張さんで、後の父親は高さん。行方不明になったとき張さんは40歳代で、身長165cm、娘は高校生だった。行方不明になってから、多くの村人が自費で全国各地を探した。親戚の中には警察官がおり、公安関係の中で高い地位にいて、当時の状況についてある程度の理解があった。彼らは北京および周辺の派出所、収容所、拘留所などを尋ねた。警察局に勤めている親戚の話によると、当時北京で監禁されている学習者はまず派出所に入れられ、さらに北京郊外の昌平、懐柔などに連れて行かれ、そして全員写真を撮られ、もし自分の身分を明かさなければ、3日以内にほかの場所に移される。おもに中国北方と新疆で、中でも新疆が最も規模が大きかった。2000年、彼が知っているだけでも1000人以上を移送した。彼いわく「北京周辺はすべて満員」だった。また、当時新疆に法輪功学習者を監禁する基地が3つあり、互いに遠く離れて、出入りする公共交通機関はなかった。

 張さんが行方不明になって2ヶ月後、家族は河北、北京および周辺をくまなく探した。さらに村人2人が手伝って新疆に行って探したが、結局見つからなかった。

 その後、村人は希望を失い、高家村で張さんの空墓をたて、夫は再婚した。もし、当地の学習者で張さんの写真、あるいは張さんの行方不明後の情況をご存知ならば、情報提供をお願いします。

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/4/14/125197.html