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甘粛省:酒泉監獄は学習者を迫害している(写真)

 【明慧ネット2006年4月20日】甘粛省酒泉監獄は1951年10月に建設され、酒泉市南東にあり、外部向けの名前は酒泉電機工場である。現在警察、職員あわせて469人おり、定年者330人がいる。主工場は12万平方メートルを占め、監獄内の建物は13棟あり、さらに監獄に帰属する郊外、清水には2つの農場が10000ムー(66670アール)を占め、砂漠の中にある。下河清農場は酒泉市の東北にあり、酒泉監獄の最大の労働改造農場である。その農場が監獄の第4、第5管轄地で、駅の鉄工場は監獄の第7地区である。

 

甘粛酒泉監獄地図

 60年代、そこに大量の長い刑期の「政治犯」と「右派」を監禁した。最後に一部の「右派」が監獄に残り技術の仕事についた。

 酒泉監獄は2001年甘粛省監獄局に重刑犯監獄と指定された。消息によると、江沢民は新疆、甘粛、内モンゴル、四川など5つの省で無人のところに法輪功を専門に監禁する大型監獄を建設するよう指示した。そこに監禁された人は2度と出てこられない。2005年2月、甘粛省監獄管理局は3億元人民幣を投じ、2年以内で甘粛地区にある監獄を調整する予定があり、酒泉監獄が含まれている。

 酒泉市近郊の酒泉電機工場郊外農場(市内から車で6キロ、金塔道路から3キロのところにある)は酒泉監獄第6地区にあたり、現在、学習者数人を監禁している(その一人が蘭州出身)。法輪功学習者を監禁している各地区は酒泉市と金塔県の間にあり、一カ所ではなく、6地区、4地区が酒泉市に近く、そのほかの場所は不明である。

 2003年の一時期、警察が学習者を「転向」させようと、集中的に一カ所に監禁したが、学習者が、集団で断食して迫害に反対したため、彼らはまた学習者を各地区に分散させた。

 玉門市の学習者・王暁東さんは邪悪に協力しなかったため、正月中単独に監禁、迫害され、連続26日間睡眠を許されなかった。

 2005年12月1日、岳威監獄に監禁された20人の学習者が全員酒泉監獄の「転向」基地に送られ、迫害をうけた。

 2006年以前、電機工場に酒泉地区の20数人の学習者が監禁されていた。李玉梅さんは14年の刑を言い渡され、王文忠さんは10年、王効東さんは8年、馬勇さんは3年(さらにネットから公表したものを加える。一部の人はしばらく統計できない)

 2006年旧暦正月前後、甘粛省で刑を言い渡された男性法輪功学習者が酒泉電機工場に移され、迫害手段がもっと残酷になった。表面上労働を強制せず、罵ることや殴ることもないが、24時間睡眠を許さず、もっと陰湿な方法で学習者を迫害した。ある学習者は連続10数日睡眠を許されなかった。警察は監視者を指定し、学習者に離れず監視し、家族が面会するときも隣に座って監視させた。

 甘粛酒泉監獄が残酷に学習者を迫害し、面会のとき、警察官の監視があり話せないので、ただ「我々は九泉の下にいる!侯有芳、侯有芳」(注:侯有芳さんは甘粛金昌の学習者、甘粛平安台労働教養所で残酷な迫害にあい死亡した)といった。酒泉監獄にいる学習者は甘粛省各地の監獄で程度こそ異なるが迫害をうけており、それでも彼らは大法修煉を放棄しない。ある人はもう監獄の中で4年も過ごした。

 消息筋によると、甘粛、青海、寧夏などで刑を言い渡され、信仰を放棄しない法輪功学習者は続々とここに転送され迫害されている。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/4/20/125651.html