日本明慧
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【明慧ネット2006年5月31日】2006年3月31日、呉俊英さんは北京市大興区天堂河女子労動教養所で、48時間というごく短い時間内で迫害を受け死に至った。50数日経っても、呉俊英さんの遺体は依然として北京仁和病院の霊安室に置かれていた。天堂河女子労動教養所と裁判所は1万人民元を困難補助という名義で支払うことで人の耳目を覆い隠し、このことを済ませようとした。同時に、その親族に正常死亡証明書を埋めさせようとしたが、呉俊英さんの家族は断固として拒絶した。現在労動教養所は国の法律を無視し、脅すなどして、強行に死体を焼却しようとしている。 呉俊英さんは北京市大興区旧宮鎮大有庄村に住んでいた。1999年に法輪功の修煉を始めて、99年8月北京に大法を実証しにいったが、北京で不法に逮捕され3年間の労働教養処分を課せられた。その後そこから脱出した彼女は世の人々に真相を伝え、邪悪を暴き出し、同修を助けた。 しかし労動教養所は家族に「救急」の関連資料を提示しようとせず、主治医と連絡先も提供しなかった。そして呉俊英さんの「救急」過程を言及することを断り、更に呉俊英さんが労動教養所内で受けた監視状況を提供しようとしなかった。 現在、天堂河女子労動教養所と裁判所は1万人民元を困難補助という名義で支払うことで人の耳目を覆い隠し、このことを済ませようとしている。同時に、その親族に正常死亡証明書を埋めさせようとしたが、呉俊英さんの家族は断固として拒絶した。現在労動教養所は国の法律を無視し、脅したりすかしたりして、強行に死体を焼却しようとしている。 (中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/5/31/129266.html) |