四川省射洪県の李憲明さん 迫害により死亡した事件の補充内容
【明慧ネット2006年6月5日】四川省遂寧市射洪県の法輪功学習者・李憲明さん(51歳女性)は、2005年2月1日の午前11時過ぎに、次女の誕生日の宴会に参加するために県政府の宿泊所へ行ったところ、県政府のゲートの入り口で国安警官に連行され、強制的にナンバー・プレートのない車に押し込められ、県の留置場へ送られた。県の留置場で2カ月余り迫害された李憲明さんは2005年4月6日の夜迫害により死亡した。
迫害の過程で、県国安大隊長・周淵は憎憎しげに李さんに「今回あなたを刑務所へ入れることができなかったら、私の腕まえが足りないと認める」と言った。4月6日の午前に李憲明さんは風邪を引いて、寒気がし、留置場へ報告したが、警官はずっと相手にしてくれなかった。午後2時になって、警官はやっと以前獣医を勤めたことのある蒲という人(射洪県武安人)を呼んできて、点滴をしてくれた。まもなく李さんは下痢したり、吐いたりした。夜7時に留置所の王所長と留置場の医者は警官・楊秀将に李さんを人民病院へ送るように指示した。人民病院の医者は入院を要求したが、楊は入院治療を拒否し、李さんを留置場へ連れて戻り点滴をしようとした。9時過ぎに、留置場へ戻り、また不明な薬物を点滴した。李さんは全身に寒気がし、目が膨らみ、10時頃迫害により死亡した。
李さんが死亡した後、悪人は家族の同意を得ず、火葬場の後ろにあるコンクリート台で解剖を行った。家族が駆けついたとき、頭は切り開かれた後また縫い合わせられたところで、腸は地面に置かれていて、執刀医の遂寧人民病院の病理科主任・梁海橋はすべての臓器を遂寧に持って行った。解剖に参加した部門及びメンバーは、市検察院龍処長、県政治法律委員会、県610、県検察院、県留置場である。
電話番号は省略。
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/6/5/129651.html )
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