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山東省シ博市のある農民が受けた迫害

 【明慧ネット8月1日】孫志田さんは、山東省シ博市臨シ区鳳凰鎮金村の農民で、1997年から法輪功の修煉を始めた。修煉する前には沢山の病気を患っており、年中仕事ができなかった。1日を1年のように長く感じ、生きることは死ぬことよりも辛かった。法を得てから病気が一気になくなり、大法の修煉によって多くの恩恵をもたらされたことがよく分かった。 

 1999年7月、中共悪党が法輪功への迫害を始めた。孫さんは、旧暦2000年3月、善念を抱いて北京へ陳情に行ったが、北京に駐在している地方公安に地元まで連行された。半月の間拘禁されて、非人道的な精神的、肉体的なさまざまな虐待を受け続けた。警察と政府は家に帰らせず、交替で監視し、4月26日、やっと帰らせたが、毎日警察署に報告することを命じた。家庭生活はかなりの妨害を受け、妻の展鳳英さんは、この迫害に耐えられず、2000年7月2日、離婚した。

 2000年8、9月、孫さんは真相資料を印刷し、配ったため、拘禁されて、再び非人道な迫害を受けた。wei北刑務所の工場の政治指導員・楊学武、趙隊長(名前は不明、管粘毛作業場に所属)らは、強制的に孫さんを地面に座らせて、手を背中に回し、両足を真っすぐに伸ばさせて、二人の悪人が腿を強く踏みつけた。孫さんの足は真っ黒になった。それでも、隊列訓煉に参加させ、受刑者の姜恵洪に後ろから何回も激しく押され、孫さんの足はきりきりと痛んだ。悪人らは冬に粘毛組の受刑者の組長・姜文興にドアを大きく開けさせ、強制的に孫さんを玄関に立たせて凍えさせた。それは十日間も続いた。

 孫さんは虐待されて骨と皮ばかりに痩せこけた。体重は約40kg、両足は真っ黒で歩くこと、話すことさえ困難になった。2002年4月の初め、楊学武は靴底で孫さんの顔を叩き、顔が腫れ、すぐ気絶した。悪人らは受刑者に医務室まで運ばせ、強行に薬物を使用した。当時孫さんの血圧は80−40で、全身の力はまったくなかった。4月11日、刑務所の総部医院へ転入させ強行に薬物治療をした。

 2004年、孫さんは刑期満了し家に帰った。しかし、悪人は依然として見逃がさず、孫さん一家に嫌がらせをし、就職させない、嘲ったり、からかったりし、この迫害はまだ続いている。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/8/1/134424.html