■日本明慧 http://jp.minghui.org/2006/08/31/mh013617.html 



私が受けた迫害によって皆さんに中共の邪悪をはっきり認識する

 【明慧ネット2006年8月22日】私は吉林省ゆ樹市の法輪功学習者で、1996年法を得た。1999年7月、迫害が始まった後、私は三度不法に連行された。

 第一回目は、1999年11月末、北京へ陳情に行った時。公正な話を言うだけで、私は、不法に半月間拘禁されて、人間として地獄の生活を過ごした。第二回目は、2001年9月末、恩育郷で大法の真相資料を配った時、不法に公安局まで連行されて、さまざまな迫害を受けた。一人の若い人が私の髪を引っ張って壁にぶつけ、股を大きく広げさせた。留置場で断食したため、殴られるのは日常茶飯で、悪人に2000元をゆすられてから、釈放された。

 2003年、私は同修の家で連行されて、不法に一年の労働教養に処せられた。ゆ樹市の留置場で断食と囚人服を着ないため、8人の同修が皆酷く殴られた。当時、私の腿は、小白竜(プラスチック管)で打たれて三つの深いくぼみができ、あざだらけで、立てられなかった。今でも二筋の痕跡が残っている。あの背が低い男性の管教に打たれた。教養に送られた時は、もっと狂気沙汰で、私たちが、彼らの言いなりにならないので、死ぬほどなぐられ、足を蹴られ、拳を振り上げ、たくさんの髪を引っ張られて落ちてしまった。自分のふとんを持たさず、手錠をかけられて車に入れられて、教養所に送られた人もいる。

 教養所の邪悪さはなおさらで、殴られる以外、電気棒の虐待、もっと酷いのは、精神上の迫害で、睡眠させずに、一日17-8時間の労働作業を強行していた。

 長期に、精神に酷い迫害を受け、その上、法を学び、煉功できないため、体調がますます悪くなって、最近、作業ができなくなり、高熱が出た。肺にひどい感染があって、残り一カ月で、釈放された。家に帰った後、結核性胸膜炎による積水を発見、仕事ができなくなった。不法教養は、健康な人を虐待して、重症にさせた。いわゆる転向は、実際に人間の精神と意志を壊し、「真、善、忍」の信仰を放棄させるためである。

 1999年以来、公安局、警察署の人が何回も家を掻き乱し、最もひどいのは、培英警察署の姜偉と公安局の三人らは、家の隅々から物を出してしまい、普段に使わない二つの箱の底までひっくり返したが、何にも見つからず帰った。ゆ樹市公安局、培英警察署の姜偉は、ずっと悪事を重ね、今は、夜見張りをして、大法の学習者を狙っている。

 私は、今日、この迫害された経歴を書き、地元の皆さんに、この最も邪悪な迫害及び私たちの身のそばで発生している真実をはっきり認識させ、人々に、自分の一時の私欲のため、裏で「真、善、忍」を信仰している善良の学習者への残虐な迫害した悪人に悪事を知らせ、すべての人に、公正な立場に立ち、正義を主張し、邪悪を抑制し、すべての善良の人に、かつて迫害に参与した警察も含め、早めに、悪念を捨て、善の道を選び、素晴しい未来を選択して欲しい。

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/8/22/136116.html

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