天津大学卒業生・劉永旺さん、絶食抗議103日が経過、危篤状態
【明慧ネット2006年9月8日】北京大法弟子・劉永旺さんは2006年5月に、保定市新市区裁判所で非合法な判決を下され、唐山冀東刑務所1支隊基木中隊にて監禁され、迫害を受けた。劉さんはすでに絶食をして103日が経っている。劉さんは、毎日2度にわたり灌食され、体重は数十キロになったという。刑務所側は劉さんの家族との面会を禁止し、毎朝5時から夜9時まで腰掛に座らせて、6人が交代で彼を監視しているという。
劉永旺さん(男性、34歳)は北京市の出身で、天津大学の卒業生です。本籍は河北省の曲陽で、法輪大法を修煉したため、2001年9月13日に上海にて強制的に連行され、上海の拘置所および河北省保定市拘置所で合わせて88日間も監禁された。2001年12月10日に保定強制労働教養所へ移送されて迫害され続けた。2002年10月13日、悪らつな警官は劉さんを「転向」しない大法弟子を拷問する専門の部屋へ連行し、彼に対して、電撃棒および警棒で交互に殴り、両手両足を紐で身動きができないように強く縛ってから、さらに警棒とベルトで劉さんの顔を目掛けて繰り返し殴打した。そのため、劉さんの前歯は折れた。また、長時間にわたり電気警棒で頭の頂天、太ももの内側など皮膚の薄い部分に対して電流を流したため、部屋中に焼けこげたにおいが充満していたという。人間性を失った悪党らは劉さんに対して3日3晩殴打し続けてから、「大」の字にさせて24時間にわたり強く縛ったため、劉さんの背中からは血が滲み出したが、悪党らは21日間も放置した。劉さんは、左足が障害になるまでに迫害され、2004年5月初旬、医師より「下半身両足神経元が損傷」と診断され、このまま迫害されれば、半身不随になるといわれた。劉さんは2004年6月に外部の病院へ移送された。
2005年8月24日、劉さんは再び北京の国安に強制的に連行され、各拘置所へ転々とさせられた。9月末、劉さんの両足は痛み始め、2005年10月25日に、ニ五ニ医院にて検査した結果、脊椎病変部位と診断された。しかし、当局はそれでも劉さんに対して、11月7日から13日まで、保定市拘置所の図書室で拷問を行ったという。悪党らは劉さんを椅子に座らせ、両足を固定させ、電気警棒および強力懐中電灯を使い、彼の目を閉じさせないようにし虐待した。2006年5月11日、劉さんは悪党らに無実な罪を着せられ、6月16日に唐山冀東刑務所へ移送された。劉さんの身体は衰弱しており、危篤状態に陥っている。
関係箇所の電話番号などは省略(詳細は明慧ネットの中文を参照)
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/9/8/137344.html)
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