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長春朝陽溝労動教養所の罪行は連なり、王国祥さんは迫害されて脳出血になった(写真)

 【明慧ネット2006年9月15日】長春朝陽溝労働教養所は最近、再び法輪功学習者の王国祥さんを迫害して脳出血にさせて、現在生活が自立して出来ない状態に至っている。2006年3月に大法修煉を堅持し、自分の信条を放棄しない法輪功学習者を残虐な体刑で苦しめる「堅塁攻略戦」の中で、王さんは連続15日間眠ることを許されず、強制的に板に座らされた。(体罰の1種で固定的な姿勢で一日中座らせ、少しでも姿勢を変えるとめった打ちにされる)。

 
朝陽溝労働教養所で迫害された王国祥さんの様子

王国祥さん(38歳男性)は、真相の資料を配布しているときに白山地区の長白県で邪悪に捕らえられ、2年の判決を言い渡された。2005年4月には不法に長春朝陽溝労働教養所の一分隊に拘禁されている。その時に彼は邪悪のいわゆる「転向」の要求に応じなかったので、5月には二分隊に移されたが、それは邪悪の「転向の堅塁攻略戦」のときである。二分隊の凶悪な警官・馬雲涛らは、夜の当直を利用して王さんと話し合うとの言い訳をつけて彼を夜9、10時から夜明けの2、3時まで連続的に長時間に亘る苦しい体罰を与えて苦しませ、受刑者に見張らせて、王国祥さんが食堂に行って食事することも許さなかった。

 2005年11月に王国祥さんが四分隊に転送された後は、毎日専門の見張りが付き、単独で部屋に監禁されてプラスチックの小さい腰掛けに強制的に座わらせ、如何なる人との会話も許さなかった。12月の労働教養所の「転向の堅塁攻略」期間中は、王国祥さんを氷のように冷たい大理石の地面に座らせて、小さい腰掛けさえ座らせなかったので、数日後彼はトイレに行く際も足を引きずりながら歩いた。旧正月が過ぎた3月1日頃、四分隊は王さんに対して更に、両腕をまっすぐ引っぱってベッドの両側に手錠をはめて、 3、4日間手錠をはずさず、続けて20数日間ベッドの隅に座らせて眠らせないように二人の刑事が見張っていた。

 朝陽溝労働教養所はこの世の地獄として有名になっている、これらの「堅塁攻略戦」のときは、朝早くから夜遅くまで、凶悪な用心棒が殴りながら罵る叫び声、電気棒で感電させる音、法輪功学習者の苦しみに耐えきれず叫ぶ悲しい声が耳に入る。邪悪な警官はきわめて凶暴で残酷で、刑罰を受ける者は悲惨で比類がなく、見るに忍びない。同修者達は打たれて幾度も気絶し、警官は彼らの体の傷口に塩を散らした後、更に冷たい水をかけて、同修者達は寒さと痛みがプラスになって気絶した。或いは四肢を吊り上げられ、打たれて鼻や顔の皮が破け紫色に変色し食事もできなくなった。警官が受刑者を利用して法輪功の修煉者を苦しめることは日常茶飯事になっている。

 教育分隊は所謂「文明的なチーム」で「人を殴らず、拷問しない」というのは真っ赤な嘘であり、新しく捕らえられた同修は、まず受刑者に洗濯室に連れられていって殴られてから、冷たい水をかけられ凍えさせられた後、集中的に大きな部屋に集めて数十人が同じ姿勢でまっすぐに並んで座らされ、双方も人が一杯に並んで姿勢を変えることも動くこともできない。暑い夏でも窓を開けず、服のボタンさえはずすことを許されない。汗は雨のように流れ落ち、少しでも動くと殴られ罵られる。ある者はベルトや、三角形の物、電気棒で殴られるので、皮が裂けて傷口が開き、肉の焦げ臭い臭いが満ち、4〜5人の警官が殴ったり蹴ったりして強制的に所謂「転向」を行っている。朝陽溝労働教養所の幹部はかつて老人、病人、身体障害者に関係なく、生きてさえいれば釈放しない、労働教養所の門の外で死んでも、労働教養所で迫害されて死んだことにはならないとわめいている。

 完全な統計ではないが、統計によると長春市朝陽溝労働教養所はこの数年、これらの悪辣な刑罰によって殺害された数人の学習者の中には、李万雲さん、白暁鈞さん、李秋さん、劉子巍さん、宋文華さん、張啓発さん、張全福さん、梁柏生さん、鄭永光さんらがいる。
骨と皮の状態になった李万雲さん(すでに亡くなっている)
白暁鈞さんは労働教養所の4分隊で迫害されて死に至る
宋文華さんは冤罪を晴らせずにこの世を去る
張啓発さんは釈放された翌日になくなった
張全福さん(張啓発さんの父親と小さい孫娘張琪)

 
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2006/9/15/137877.html