■日本明慧 http://jp.minghui.org/2006/11/12/mh144496.html 



程桂蘭さんが甘粛省蘭州市安寧区第二労働教養所の迫害により亡くなった更なる情報(写真)

(明慧日本)天水の大法弟子程桂蘭さんは、60歳余りで、高級エンジニアであった。2002年10月のある夕方、程桂蘭さんは、蘭州市安寧区第二労働教養所に連行された。48時間の内に、第二労働教養所の警官に秘密裏に迫害され、元気なままの状態から死亡した。


 2002年10月、程桂蘭さんは蘭州市安寧区第二労働教養所まで連行された翌日の朝、程桂蘭さんは、綺麗な白い服を着ていて、かくしゃくとしていて、人々にはとても元気そうに見えた。

 3日目の昼食の時、程桂蘭さんが既にお碗を手で持つことができなくなっているのが人々の目に入った。受刑者の何麗が程さんにご飯を口までもっていってあげた。悪らつな王永紅警官はそれを見て、「何麗、彼女はあなたのお母さんか。あなたは自分のお母さんのためにそういうふうに面倒を見てあげたこともなかっただろう。一生懸命麻薬を吸って力を出して、彼女をやっつけろ」と殺人鬼のように罵った。当日の夜、人々は程桂蘭さんの大きな泣き声が耳に入ってきたが、段々その声が弱くなり、最後に何の声も聞こえなくなった。その後、一台の車が来て、程桂蘭さんは密かに運ばれた。それ以来、彼女のことを見たことがない。

 数日後、麻薬を吸った余桂双はいらいらして、「私は他の所に連行されますよ。もう生きられません。ただ偽証原因で。」と言った。

 実は大法弟子の程桂蘭さんは、第二労働教養所に連行された48時間内に、悪らつな警官に活きたままの状態から密かに迫害され、死亡したのである。労働教養所はその罪を隠そうとするため、程さんが労働教養所に送られた当時からもう駄目だったと言い、余桂双に偽証させようとした。しかし、余桂双は真実を言ったので労働教養所側は思いも寄らなかった。「入った最初に、あの人はとても元気でした」と余桂双は証言した。悪らつな警官は自分の悪行を暴露されたことが分かっており、余桂双を脅かして、彼女にプレシャーをかけた。

 程桂蘭さんの遺体は天水まで運ばれて、不明確な状態のままで火葬されたのである。

 2006年11月13日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2006/11/7/141967.html

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