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法輪功学習者・楊暁林さんは、いまだにハルビン女子刑務所に監禁されている

(明慧日本)楊暁林さん(30歳女性)は黒竜江省密山市出身。1998年から大法修煉を始めた。2003年、楊さんは密山裁判所に「公務執行妨害」の罪で不法に12年も求刑された。現在ハルビン女子刑務所に監禁されており、迫害に遭っている。

 2001年10月30日、悪人の密告で楊さんは手錠をかけられ、密山市公安局の警官に連行された。楊さんは隙を見て手錠を外し、正念をもって脱走した。

 2002年8月11日、楊さんは再び密告されて派出所の警官に連行された。孟慶啓、杜永山、李剛などの警官にひどく殴打され、口と鼻から出血し、歯の一部も欠けた。彼らは楊さんを公安局に連行し、左手を背中に反らし、右腕を背後に回して、両手に手錠をかけ、さらに手錠を強く引っ張った。その上、眠らせないようにした。その後、楊さんは不法に看守所に入れられた。

 看守所で楊さんはほかの学習者と断食をして不法監禁に抗議した。看守所の所長・馬宝生は他の受刑者を指図して、鼻に管を入れ、食物を無理やり押し込んだ。10月22日、学習者の劉桂英さんが死亡した。

 2003年、楊さんは密山市裁判所に「公務執行妨害」の罪で12年間求刑された。控訴したが、「法輪功の学習者が控訴してはならない」という理由で却下された。その後、ハルビン女子刑務所に投獄され、迫害を受けている。

 ハルビン女子刑務所で、楊さんはしゃがんで点呼の番号を報告するのを拒否したため、看守の呂晶華、王暁麗など5,6人にビンタされ、顔面が腫れあがり、10日経ってやっと回復した。12月に強制労働を拒否したため、雪の中に立たされたり、走らされたりして、10日間以上迫害された。

 2004年6月、他の区に移され、13日間も眠らせてもらえず、深夜の2時以降だけ少し横になることが許された。

 2005年9月16日〜11月10日、楊さんは小屋に56日間も入れられ、手錠などをかけられた。その後、囚人服の着用を拒否したため、警官らは受刑者の張芳と張金華に指図して、楊さんを二段ベッドの梯子に9時間も手錠をかけ、夜も眠らせなかった。トイレに行くことも許さず、その上、脅迫の言葉をかけたり、利益で買収しようとしたり様々な手段を施した。悪人らは自分の悪行が人に見られるのを恐れて、新聞で窓を覆った上で迫害した。

 現在、楊さんはまだハルビン女子刑務所で迫害されている。

 2007年1月2日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/1/1/145919.html