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チチハル市の法輪功学習者・王偉華さんがハルビン第三刑務所で虐殺された事件の補足

(明慧日本)黒竜江省チチハル市の法輪功学習者・王偉華さんは2003年6月にハルビン第三刑務所で虐殺された。死体検査の結果、王偉華さんの身体にはあわせて19カ所の大きな傷痕があった。王偉華さんの母親・呉淑傑さんも法輪功学習者であるが、不法な判決に処され、ずっと監禁されている。未だに自分の唯一の息子がすでに迫害されて亡くなったことを知らないかも知れない。

 王偉華さん(男性)は1979年7月に生まれた。幼い頃に、両親が離婚し、王さんは母親の呉淑傑さんと生活してきたが2人とも身体が良くなかった。母親の呉淑傑さんは病気のために、常に働くことができず、王偉華さんは中学校の時に気管支リンパ節結核を患った。1993年、彼らが最も苦しい時に、呉淑傑さんは大法を得た。1年以上修煉したのち、身体の数種にわたる病気がすべて自然に治った。その時から王偉華さんも法輪大法の修煉の道を歩み始め、身体はとても早く回復してきた。

 邪悪が大法に対して狂ったような迫害を始めた後、大法の真相をはっきり説明するために、王偉華さんと母親の呉淑傑さんは1999年10月に北京へ陳情に行った。その後、親子は何回も不法に拘禁されたり、労働教養されたり、判決されたりして、それきり一緒に生活することはできなかった。

 王偉華さんは真相をはっきり伝え、衆生を救い済度し、大法の真相資料を配り、大きなラッパで留置場へ向けて呼びかけて真相を伝え、警官に電話して法輪功学習者を迫害しないように伝えた。2001年4月10日、王偉華さんはチチハル市建華区刑事警察隊に不法に捕まえられた。その間、王偉華さんは人間性のない虐待を受けた。両腕を背中までひっぱられた後、手錠をかけられて吊るし上げられ、鉄の椅子に座らされ、悪辣な警官に性器を掴まれるなどの残忍非道な拷問を受けた。

 王偉華さんが虐待されて息絶え絶えになったとき、母親の呉淑傑さんは万家労働教養所で1年半不法に監禁された後、家に帰ってきた。家族の手助けの下で、王偉華さんは重病のため、服役中の一時出所をした。しかし、彼の身体がまだ回復されてない内に、また悪辣な警官に捕まえられ、4年の刑を言い渡され、ハルビン第三刑務所へ送られた。

 息子に面会するために、呉淑傑さんもハルビンに来てアルバイトをしたが、2003年4月に悪辣な警官に不法に捕まえられた。

 2003年6月17日、王偉華さんの親族は刑務所から、王偉華さんが16日の夜、張樹友(28歳、故意殺人、強盗、窃盗のため20年の刑に処された受刑者)に鉄器で殴られて亡くなった、という通知を受けた。

 死体検査の結果、王偉華さんの身体には19カ所大きな傷跡(口、こめかみ、頭頂、胸、背中、四肢、内臓などに)があることを発見した。当時、親族らは王さんの母親・呉淑傑さんが行方不明のため、王偉華さんの遺体を90数日後になって、やっと埋葬した。

 当時、呉淑傑さんは不法にハルビンのある留置場へ監禁されていた。悪辣な警官は電撃棒で彼女の心臓を一夜中ずっと電撃した。彼女の心臓は耐えられなくなり、何回も意識不明になり、病院へ送られて緊急手当てを受けた。最近聞いた話によると、呉淑傑さんは不法に7年の刑に処されて、現在ハルビン女子刑務所に監禁されているという。身体の情況はとても悪く、いまだに自分の一人息子がすでに迫害により亡くなったことを知らないかも知れないという。

 王偉華さんが迫害により亡くなった具体的な過程については、邪悪が情報を封鎖しているため、また事情を知っている人による補足が必要である。しかし、はっきりしているのは、刑務所の悪辣な警官が言っているように、王偉華さんは受刑者に殺害された、というような簡単なことではない。悪党の法輪功学習者に対する絶滅政策の下で、これら迫害された法輪功学習者が受けた苦痛は、まだ明らかにされていない。

 2007年3月10日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2007/2/16/149132.html