日本明慧
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法の勉強と発正念をよくしてこそ、より衆生を救い済度することができる


 文/大法弟子 明蓮

(明慧日本) 私には常に一つの妨害があるが、これは常人の観念である。それはつまり、いつも自分の表現が下手で、人に直接真相を伝える時、上手く話せない、話しかけづらいと思うことだった。そろそろ甥の結婚式が近づいてきて、これも真相を伝え、「三退」を勧めるいい機会であり、まだ結婚式まで十数日あったが、この十数日間、私は法を多く勉強し、発正念も多くし、「明慧週間」も読んだ。その中には同修たちが如何に人に直接真相を伝えたかの体験談もあった。

 甥の結婚式当日、私は上手く真相を伝えられないと思う観念を捨て、大法弟子には人を救う使命しかないと思った。衆生を救い済度するには、ただ師父を信じ、法を信じ、十分自信を持てば、よくできないことはないと悟った。師父はもう全部按排してくださったので、ただ真相を伝えたいと思えば、師父は傍にいらっしゃり、助けてくださる。その日、私はほとんどの時間を利用して、一人一人に「三退」を勧めた。毎回話す前に発正念し、その後、心の中で「師父、私を助けでください。1人でも救いたいのです」と言った。二言三言で1人が脱退するスピードで、前後合わせて27人を脱退させた。お守りも何個か贈った。私は本当に正念の作用について体得できた。慈悲なる師父は一刻も離れず、傍で弟子を見守っていらっしゃる。本当に人を救っているのは師父であり、私たちはただ正念があって、師父と法を信じ、人を救おうとする心さえあれば、師父の要求通りにすれば、真相を伝え、衆生を救い済度することができる。

 ある日、バスに乗ると、バスには数人の乗客しかいなかった。私は運転手の横に坐り、私の横にはちょうど乗務員が坐っていた。乗客はみんな後ろの席に坐っていたので、前で話をしていても後ろでははっきり聞こえなかった。私はまず心で発正念して、運転手と乗務員が救われることを邪魔するすべての邪悪を取り除いた。話を始める前に心の中で「師父、私を助けてください。私は上手く話せないのですが、私を助けて縁のある人たちを救わせてください」と頼んだ。バスから降りるまで後数分ぐらいしかない時、私は乗務員に「本当にご苦労さまですね。朝から晩まで楽ではないですね。私はあなたたち2人に安全保険をあげようと思っています。私たちはみんな学校に通っていた時、団員であったり、赤いネッカチーフをしていたり(少年隊員)したことがあったでしょう? 今みんな脱党、脱団、脱少先隊をすれば安全になるという話をしています」と言った。乗務員は「お金はかかりますか?」と聞いた。私は「いらないです! 無料です」と答えた。すると2人は「三退」に同意した。私は2人に名前をつけてあげ、バスから降りる時お守りもあげた。 

 以前私の真相を伝える方法は、夜に真相資料を配ったり、『九評』を配ったりすることで、ほとんど夜に出かけていた。最初は同修が私を連れて一緒に出かけて、私は発正念し、同修が資料を配ったが、後になって2人で一緒に資料を配るようになった。しかし怖がる心はいつも私を妨害していた。私は、大法弟子は人を救っている、怖がる要素は私ではないと思い、資料を配る前に、家で何回も発正念した。時々、発正念する時、頭の中でパトカーや警官、捕えられたらどうしよう、などなどが浮かんで来たが、私はこれらの悪い考えは旧勢力の黒い手、共産邪霊と卑しい鬼の邪魔であると知っていた。そして私は「私は師父の按排された道を歩く。私が今していることは全宇宙で最も正しいことである。どんな要素も邪魔することはできない」と思っていた。

 1年余の間、私はすでに時々刻々発正念するようになっている。家事をする時も、道を歩いている時も、外出してバスに乗る時も、人が傍を通る時も、真相は伝えていないが必ず発正念して彼らが救い済度されることを邪魔する要素を取り除いた。資料を配る時もいつも正念を発し、師父に弟子を加持するように求め、帰ってくると、また、あの資料はすべて縁のある人を済度するものであり、一枚も失くしてはならず、悪人に見られないように発正念した。毎回とても順調だった。偶々邪魔はあったが、それは私の心理状態が悪かった時であって、その時はすぐに自分の不足な点を探し出し、直してからまた資料を配りに行った。

 私は最初同修と一緒に資料を配る時、いつも後ろを見ていた。同修は「あなたは何か失くしましたか?」と聞いた。私は「いいえ」と答えた。同修は「あなたは何か盗んだのですか?」と聞いた。私は「いいえ」と答えた。「それでは、あなたはなぜいつも後ろを見ているのですか?」と聞かれて、「尾行している人がいることを恐れて、見ています」と答えた。同修はまた「恐れるとは何か?」と聞いた。私は同修の言いたいことが分って、すぐ手を立て経文を暗唱した。

 

怕舎(しゃをおそれる)(『洪吟二』)

 你(なんじ)に怕れ有らば

 它(た)就(すなわち)抓(つか)む

 一正を念ずれば

 悪は就(すなわち)土夸(こけ)る

 修煉の人

 法を装着し

 正念を発すれば

 爛鬼炸(さ)ける

 神世に在りて

 法を証実す


 同修は笑いながら「私たちは大法弟子であり、宇宙の中で最も正しいことをしています。邪悪こそ、恐れていますよ」と言ってくれた。

 この数年間、修煉の道のりで、私は倒れたら立ち上がって、困難に満ちた路を歩いてきた。私にはまだいろんな足りない所がある。時には法を勉強する時、眠ったり、発正念する時手が傾いたり、怖がる心に邪魔されたりする。毎回私が怠けたり、困難に遭ったり、迷ったりする時、師父はいつも同修を按排して、私の傍に来させ、私を目覚めさせ、自分の足りない所を探し出してくださる。私を助けて執着を取り除くように、私と一緒に発正念させ、正しくない修煉状態を正させ、法を多く勉強し、発正念を多くしてこそ、上手く真相を伝えられると励ましてくださった。

 2007年4月4日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/2/27/149819.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2007/3/11/83427.html