河北省石家庄の法輪功学習者・欒福生さんは迫害により死亡(写真)
(明慧日本)河北省石家庄の法輪功学習者・欒福生さん(56歳男性)は1995年から法輪功を修煉し始め、長年にわたってずっと抱えていた糖尿病と高血圧が完治した。
1999年7、20後、欒福生さんは法輪功の真相を伝えるために上京したが、捕まった後、石家庄第一看守所に60日間監禁されていた。その後1年の労働教養を言い渡されたが、高血圧をわずらっていたため監獄の外で執行された。
2001年に当地の警察署は彼を再び労働教養所に送ろうとたくらんでいたが、更なる迫害を避けるために欒さんは路頭に迷わざるを得なかった。
2002年10月に法輪功の真相資料を作っていた際に捕まり、当時全部で24人の学習者が捕まったが、石家庄の法輪功学習者・丁立宏さんはこのときに虐殺された。
2003年7月7日に太原市の裁判所が欒さんに11年の懲役刑を言い渡した。欒さんは自分が無実と主張して中等裁判所に控訴を提出した。断られたあとに山西省晋中監獄に送られた。監獄内の残酷な肉体と精神的な迫害及び悪い生活環境で欒さんは2005年から体調を崩してしまい、2005年末、糖尿病の発作が急に起きたが、血圧が非常に高く、身体が極めて弱く、見る影のないほどやつれていた。太原公安109病院が危篤の知らせまで出した。
2006年2月に欒さんの体調が更に悪化してしまい、両足がひどく腫れ上がり、話す力がないほど身体が弱った。太原公安109病院は再び危篤の知らせを出した。家族が彼の釈放を監獄側に求めたが「法輪功学習者だから許さない」という理由で断られた。
2007年2月3日に家族が見舞いに行ったが、欒さんは他人に背負われて出てきた。身体が脆弱でいつ命が落ちてもおかしくないほどだった。家族が再び彼の釈放を求めたが依然として断られた。
2007年2月26日に欒さんは再び109病院に運ばれ、糖尿病後期総合合併症と結核と診断された。2月28日に病院側は再び危篤の知らせを出し、3月21日に欒さんが死ぬ寸前に当地の派出所に戻された。派出所は欒さんの様子を見て、驚いたが直ちに家に戻した。長期に迫害を受けたため、身体が極めて弱った欒さんは家に戻って19日後に他界した。
欒福生さんの遺体
2007年4月16日
(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2007/4/11/152583.html)
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