■日本明慧 http://jp.minghui.org/2007/06/03/mh061272.html 



間隔を取り除いて、短い縁を大切にする

 文/唐山の大法弟子

(明慧日本)ある日、同修・甲は、同修・乙に会い、同修・丙について、どうのこうのと言及した。同修・甲と同修・丙の間の対立はすでに長いので、全体の高まりにも影響を与えている。

 同修・乙は、ほほえんで同修・甲に話した:私はこれまで同修と間隔を生じたことはありません。私は一人一人の同修との毎回の交流や接触をとても大事に思っています。私たちがこのように顔を合わせる機会は数えられるほどなので、一回会えば一回少なくなっていくのです。法を正すことが終わる時に、私達の縁も終わってしまいます。その時は、私達は皆自分の一群の衆生を管理して、世話をしなければなりません。その時になると、私達は会いたくても会えないのです。このことについて、師父はこの方面の法を説かれたことがあります。だから私は、今、特に私達の交流の機会を大切にしています。私は同修との間に、論争や、対立、心性を守れないこともありましたが、これらはすべて正常なことだと思います。これは修煉の過程だからです。もし私達が皆この環境で私達を高める機会だと互いの注意を見直せば、決して間隔を生むことはないでしょう。

 交流を通じて、同修・甲は自分の修煉がよくできていないことが分かった。物事にぶつかる時、師父のおっしゃった「内に向かって探す」ことをせず、それを、自分を高める機会と思わず、いつも目を外に向けて見て、外に向けて探した。いつも他人がこれやあれや間違っていると見ていた。それによって同修との間に、間隔を生んで、全体の協力と高まることに影響を与えたのだ。

 この文章を書き出して、各位の同修に注意していただきたい:皆、私達のこの短い縁を大切にし、師父が私達に按排された修煉の道を正しく、よく歩み、私達の先史の大いなる誓いを完成して、師に従って家に帰ろう。

 2007年6月3日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/6/3/156147.html

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