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正真正銘に師を信じ、法を信じて、初めて人心を取り除くことができに


 文/中国大陸大法弟子

(明慧日本)我々は普通法を学ぶときに、いつも師を信じ、法を信じると言っていますが、本当に師を信じ、法を信じるとは何でしょうか。最近法を学ぶ時に、「むかし修煉の人は縄で這い上がり、中に入ってから縄を切って、洞窟の中で修行しました。修行が成就できなければ、中で死ぬしかないのです」。(『転法輪』)というところを読んで、悟ったのですが、昔修煉の人が縄を切ったのは他でもなく、師を信じ、法を信じて、自分は必ず圓満成就すると信じ込んでいたからです。今師父は宇宙大法を伝授してくださっていますが、人と繋がる縄を切って初めて円満成就できるのです。

 私たちは精進できないとき、人の観念と執着が強いとき、人という縄に縋り付いて離そうとしないからではありませんか。いま宇宙は更新され、組み立て直されていますが、私にとっては師父について歩むという道しかありません。しかし、実際の修煉の中で、師を信じ、法を信じる中で、私たちはどこまで実行出来たのでしょうか? 

 いつも旧勢力の按排を否定すると言っていますが、実際の修煉の中で、良くやれないことがまだまだ多いのです。例えば、同修が真相を伝えに行って、帰りが遅くなると、思わず慌ててしまい、心細く思ってしまいます。師父は自分のことを神と見なすようにと教えてくださいましたが、なぜ、なかなか神になれないのでしょうか? それは人心で対処し、人という縄に縋り付いているからではないでしょうか? 正真正銘に師を信じ、法を信じるというのはその縄を切らなければなりません。人の観念を除去して初めて、人心を取り除くことができるのです。

 2007年9月7日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/9/4/162064.html