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遼寧省:ある年配の学習者が受けてきた迫害

(明慧日本)私は遼寧省黒山県常興鎮在住の田舎の老人である。長年、病弱で胃腸炎、慢性の眼病などの病に苦しめられ、体に力が入らず、体力の必要な仕事につくことができなかった。自分がガンではないかといつも疑っていたため、病院に行く勇気がなく、毎日苦痛の中を生きてきた。

 幸運なことに、私は1996年末、法輪大法と出会った。煉功を始めてすぐ、煉功音楽の不思議な力を感じ、法輪が体中を回転している素晴らしい感覚を体験することができた。短期間で、体中の痛みが消え、読み書きがほとんど出来ない私が『転法輪』を読めるようになり、大法の非凡さと師父の慈悲に感動させられた。  

 1999年7月、中国当局の法輪功に対する迫害が始まってから、修煉環境は破壊された。多くの人に真相を知ってもらい、この間違った決定が撤回されるよう、私は同年の9月23日にほかの学習者と一緒に省政府に訴えに行った。しかし、政府幹部の誰一人とも会うことができず、たくさんの警官と警察の車に囲まれ、地元に送り帰された。途中、パトカーのサイレンが鳴り止まず、まるで犯人を移送しているようであった。その後、派出所から絶えず恐喝され、大法の本を取り上げられ、誓約書にサインすることを強要された。迫害はどんどんエスカレートし、重圧で息も出来ないほどだった。  

 2000年末、全国各地から北京に陳情しに行く人が多く、私も行きたかったが、家族が私に外出を許さず、お金も渡してくれなかった。仕方なく、皆が寝ている夜中に家を抜け出して駅に行き、優しい人に助けられながらやっと北京行きの列車に乗車することができた。しかし、途中列車の中で尋問に遭い、下車させられた。その後、数日をかけて北京まで歩いた。私がいない間、派出所の警官と村の幹部は幾度となく、家族を脅迫し、1600元払うことを要求した。

 2000年の夏、自宅周辺の電信柱に大法の真相を書いたポスターが貼られた。派出所は私がやったのではないかと疑い、家にやってきて家宅捜査を行った。数冊の大法の本が押収され、紙切れも一緒に持っていかれた。私もそのとき、派出所に連行され、暴行を受けた。その後、拘置所に入れられ、15日後、家族が500元を払って、やっと釈放された。  

 2006年10月25日、ちょうど繁忙期だが、国保大隊の職員は夜7時に娘を連行した。子供は家に残され、怖くて大泣きした。娘は15日間の監禁と1000元の罰金を科せられた。なぜ娘を連行しないといけないのかと聞いても、誰も答えてくれない。27日に再び国保大隊に行ったが、3000元の罰金を払わないといけないと言われた。31日に公安局に訴えに行ったが、強制的に車の後部座席に押し込まれ、拘置所に送られた。数日後に、嫁の働きかけによって、私は解放された。  

 11月4日、私はまた娘の状況を聞きに行くために派出所に行ったが、屋内に連れて行かれ、殴る蹴るの暴行を受け、顔と口から出血した。次の日、目は開けられないほど大きく腫れあがった。家族は裁判所、検察院に訴えたが、誰も関わろうとしなかった。  

 この8年間、私が住んでいる地区の100人あまりの学習者は脅迫、殴打、拘留、労働教養に遭い、毎年法輪功と関係ある日になると、学習者とその家族は必ず何らかの迫害を受けた。  

 2007年9月13日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/9/12/162530.html