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甘信俊さんは迫害され、家があっても帰れず、愛する娘とも会えない

(明慧日本)2007年4月7日、江蘇省徐州市賈汪区人民医院産婦人科で、子供の泣き声が静かな夜空を突き破り、甘信俊さんの娘が誕生した。ところが初めてお父さんになった甘信俊さんは娘を抱いて喜ぶどころか、自分が離散して落ち着く場所もなくなり、家があっても帰れず、愛する娘とも会えない。

 甘信俊さんは徐州市賈汪区夏橋新庄村の住民である。法輪功を修煉する前は地元で有名な不良青年で、毎日お酒を飲み過ぎて酔っ払い、遊んでばかりで仕事があってもやらないし、喧嘩や博打など悪いことばかりやって、結局体が病気だらけになった。幸いにも甘信俊さんは1998年9月末に大法を修煉しはじめて以来、十数年彼を苦しめていた眼球、骨炎、膝骨関節炎、腎臓、鼻と前列腺炎、乳酪尿などの病気が僅か半月で痕もなく消えて、体が別人のようになり、今まで一度も感じなかった健康を感じて、体が軽くなった。

 修煉の道に本格的に踏み込み、自分のすべての言葉から行動までを「真・善・忍」の基準に基づいて厳しく自粛して、昔の悪い習慣を全部きれいに捨てた。このように昔は誰が出会っても避けるような悪人から、修煉後の現在、自分の家庭内でも、社会に出ても、どこでも誰が会ってもみんなが好きな人に変わっていた。昔の知り合いは誰もが口々に「この人は完全に変わったね、良かったね、奇跡だ!」というようになった。誰もが法輪功の起こした奇跡と法のすばらしさに感動して、人々は大法を尊敬し、エールを送った。

 しかし、天と地が逆転する時期が来て、中共が1999年7月20日法輪功を迫害し始めてから、甘信俊さんは何回も連行され、虐待を受けた。その間、不法に刑務所に送られ、刑務所でさまざまな拷問を受けた。特に、2002年12月〜2003年7月にかけて、元賈汪区610弁公室のボス・高桂華は淄博王村の労教所とこっそり共謀し、本人と家族が知らないうちに夏橋出張所の悪警察・徐許と組んで、2回ほど甘信俊さんを淄博王村の労教所に連行し恐怖の暴力的洗脳を強要した。甘信俊さんが自分の命よりも大切にしている大法を辱めののしる映像を見せたり、世界で最も尊敬する偉大な師父を侮辱するテレビを見せたりして精神的にも極端に虐待した。長さ15センチ、広さが10センチ、高さが25センチの特製の拷問用の椅子に長時間(朝5時から夜の11時までの18時間も)座らせ、さらに高圧電流が流れている棒で体中を攻撃した。2004年の8月13日、賈汪区の610弁公室のボス・趙如剣はまた夏橋出張所の悪警察徐許と組んで、江蘇省と徐州の610弁公室の指示で甘信俊さんに手錠をかけ、賈汪区の610弁公室が徐州師範大学の賈汪区のキャンパス内の洗脳クラスに連行し、丸2日間立たせたまま拷問し、さらに眠らせないで、大小便のときも部屋を出ることを許さず、丸1カ月迫害した。酷い拷問を受けて、心身が極度に衰弱して、傷だらけになった。

 2007年2月3日、甘信俊さんは師父の保護の下に、友人のお父さんの葬儀に参加すると、チャンスを利用して、悪警察と工作員のネットと壁を破り脱出することに成功した。当時、愛する奥さんは妊娠8カ月だった。

 2007年9月16日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/9/14/162648.html