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80歳の私の母が見たもの

(明慧日本)私のお母さんはもともと非常に善良で、忍耐力、慈悲のある老人です。1999年以前、私が修煉した後で、母に煉功の動作を教えました。

 母は80歳を過ぎているため、体が弱く病気がちです。しかし私はその時、ただ母に体を鍛えて健康になってほしいだけで、母も信じるようになりました。字が読めず、標準語を聞いても分からない母ですが、常に煉功していました。ある日の朝、ちょうど師父の9日間の講法のビデオを見終わった後で、母は私に、昨晩寝る前に目の前に月が見えたと言い、そして目を開いて見て、それから目を閉じて更に見てみると目の前に丸くて明るい月がずっと見えていた、と話しました。母は、どういうことかは分かりませんでしたが、あまり構わずに眠りました。私は母に、それは天目であることを教えました。それからまたある日、母は夢の中である人が母のベッドに来て、側に1束の花を置いていったのを見たと言いました。

 1999年7月20日以降、母は恐れる心が生じたために修煉を続ける勇気がありませんでした。しかし、それから健康状態は悪化して、杖で歩かなければなりませんでした。私は母に、「お母さんは年をとっているけど、お母さんが煉功していることを知っている人もいて、それなのになぜお母さんがこのようになったのかと思うでしょう。もう体はここまで悪くなってしまったので、やはり煉功するようにしましょう」と勧めた。それで母は約3年前に、また煉功を始めました。今年、母はすでに80を過ぎて、体がますます良くなるとは思いもよりませんでした。さらに自分で洗濯をして、ご飯を作り、数年間も使っていた杖が必要なくなりました。ずっと立ったまま30分間の動功をしても疲れません。何度か二番目の姉が母を見に来たとき、母は自分のmp3(師父の講法)を取り出して、姉に聞かせました。

 2006年春末から夏の初め、ある時母は重病のように腹を下し、吐いたりして、点滴をしても役に立ちません。これは80過ぎの老人にとって何を意味するのか、誰もが知っています。私はその時まだ外にいて知らないでいました。事後に母と家族が私に教えてくれました。三番目の姉はとても師父を信じており、母を少し手伝ってもらうよう師父にお願いしました。家族が皆びっくりしたのは、当日の夜に不思議な事が発生したことです。

 健康な80歳過ぎの父と、私の家に住んで母の看護をしている三番目の姉は、電灯を消して間もなく寝る時、母は「この家はどうしてこんなに明るいの? あなた達は寝るのにどうして電灯を消さないの?」と言いました。私の父と姉は、「お母さん、うわごとを言っているの、電灯は確かに消しているよ、家の中は真っ暗ですよ」と言いました。母はさらに、「本当に昼間よりもっと明るい。私は少しも迷っていないし、少しもでたらめではないよ」と言いました。 

 後で母は私に教えました。その時の家はとても広々として明るく、家の中の物が非常にはっきり見えていたそうです。しかし、父と姉は言ったことを信じなかったので、それ以上言いませんでした。更におかしいと思ったのは、ほどなくして家に四、五人(もちろん父と姉は見えない)が来たのを見たそうです。ひとりはグレーの服を着て、ほかは純粋で白色の服で、彼らが来た後に母の回りで遊んでいました(母の体を調整するためで、その時母は分からなかった)。母は彼らが一緒に煉功に来たのだと思って、とても嬉しくて、立ち上がって煉功をしました。私は母に、彼らはあなたと一緒に煉功したのかと聞くと、母は、自分は煉功していたが、彼らは周囲でただ見るだけだったと言いました。動功、静功がすべて終わった後、母は横たわってベッドの上で眠るつもりでした。しかし、彼らはまだ離れません。一人は座ってベッドの傍の椅子の上で見て、ほかの数人はベッドの周囲に立って、母の体のとても近いところを長い間、手で水平に漕いでいました。母は起き上がって座り、両手を合掌して「もうとても遅い時間です、家に帰って休んでください」と言いました。母が1回目に言った後、彼らは離れず、また立ち上がって両手を合掌して、「本当に遅くなりました。もう帰りましょう」と言いました。彼らはまだ離れません。合わせて4回合掌して、彼らは離れていきました。母は、彼らがどのように一人ずつ部屋のドアから出て遠くまで歩いていったのかを、はっきり見たそうです。家の中が明るくなって、彼らが母の体の調節を手伝って離れるまで、およそ一時間以上でした。 

 翌日の朝、母は起きた後に、すべての病気がなくなっていました。すべていつもと変わりません。特に母が、前の晩に発生した事を詳しく家族に教えると、家族の皆は本当に不思議だと感じました。それから、母と家族はさらに師父と大法を信じようになりました。

 2007年9月17日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/9/7/162256.html