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西安:法輪功修煉者・李長英さんは迫害により死亡(写真)

(日本明慧)2007年9月21日、西安の法輪功修煉者・李長英さんは信念を堅持したため、幾度も警官に不法に逮捕され、拘禁された。2005年9月、李長英さんは不法に2年の労働教養の判決を受け、西安の女子労働教養所に送られ、迫害によって李長英さんの持病は再発した。家に戻されてからも、当地の中共関係者による私生活の妨害が絶えなかった。2007年8月31日、李長英さんは八年の迫害を受けた末、冤罪が晴れないままこの世を去った。

八年の前代未聞の迫害により、李長英さんの持病が再発し、腹がパンパンに腫れ上がり、2007年8月31日にこの世を去った

李長英さんの生前の写真

 西安の法輪功修煉者・李長英さん(李淑鳳ともいう、54歳女性)は、西安映画製作会社に勤務し、西安市含光路郵電南郵電二公司家属院に在住。法輪功を修煉する以前は、重い肝臓病を患っていた。修煉してから病状がいつのまにか消えてなくなり、精神的にも体力的にも力が満ちあふれていた。1999年7.20に、法輪功が無実な罪を着せられてからは、1999年と2000年に、陳情するため北京の天安門広場に行き、1999年の陳情では、北京で拘束され西安に送還されたのち、西安雁塔留置所に拘禁されていた。2000年では天安門広場の悪辣な警官に警棒で殴られ、頭から血が止まらなかったため、命の危険を感じた悪らつな警官は、仕方なく彼女を解放した。

 李長英さんは二回も北京に上京したため、西安映画製作会社の保安科は李長英さんに「矯正教育者」を付けられ、芦懐礼と焦伝倩の2人が「矯正教育」者として命じられ、毎日のように強制的に李長英さんが書きたくないものを書かせようとした。

 2001年4月28日に李長英さんが家にいたところを、西安公安局未央支局の暴徒に連行され、法輪功の真相標語を貼り付けたため、15日の拘留を受けるか、もしくは500元を払うか強要し、何らかの証明も残さずに500元を持ち去り、いまだに返してもらっていない。

 2001年11月、李長英さんは河南霊宝へ真相資料を配りに行ったとき、悪人の通報を受け、黄河路の派出所に拘束され、その後国安に移され、不法に2年の労働教養の判決を受け、河南十八里河女子労働教養所に送られたが、体の検査を受けて不合格となり、病気治療のため仮釈放された。

 2005年9月、西安雁塔分局の国保大隊長のヤン楣明、竇小周をはじめとする悪らつな警官が、李長英さんの自宅にある家財を持ち去り、本人も連れさられ、長安区工人療養院に入れられた。西安の洗脳センターの悪らつな警官は交代で取り調べに参加し、圧力や脅迫の手段を用いて、または偽善、狂言と罠を用いて取り調べを行い、あらゆる卑劣な手段を使い、肉体的かつ精神的に迫害を行った。彼女を雁塔収容所に三ケ月拘禁した後、西安女子労働教養所に送り、二年に渡る長期的な迫害を行った。李長英さんが迫害によって持病が再発し、腹がパンパンに腫れ上がり、労働教養所はやっと彼女を解放した。

 家に戻ってからも、西安張家村街道事務所と鴻雁社区の重点監視人物とされ、いわゆる「矯正教育者」を付け、社区主任の陳淑萍が絶えず家に来て私生活を妨害し、恐喝、洗脳等、李長英さんとその家族に多大なる精神的な圧力をもたらした。八年に渡る残酷な迫害を受け、李長英さんの心身のがまんが極限に達し、2007年8月31日の早朝5時、冤罪が晴れないままこの世を去った。

 2007年10月29日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2007/9/21/163083.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2007/9/29/90019.html