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山東省威海市:610弁公室の警官の罪悪

(明慧日本)1999年8月のある日、出勤途上で、私は仲の良い姉の家を通り過ぎた。そこで、「姉に子供の布団を作ってもらうように頼もうか」と思い、時計を見ると勤務時間より30分も早かったので、ノックして姉の家に入った。私は来意を説明し、お金を姉に渡した。その後、急いで会社に行こうとしたが、その時、部屋に数人の人がいるのを見て、姉のお客さんかと思った。

 1人の男性が私の行き先を遮りながら、共謀に「お前は何を内通するためにここに来たのか?」と言ったので、私は「何が内通ですか? 個人の交際は人間として自由です。誰もこの権利を奪うことはできません」と言った。彼らは威海城里派出所から来ているが、私に派出所に一緒に来るようにと言い、「私は罪を犯していません。なぜ派出所に行かなければならないのですか?」と聞くと、その時、この悪人は凶暴さを曝け出して「お前は私の管理区域で活動をしているからだ」と言った。

 このように、警官はなんの証拠も手続きもないままに、私を押しながら城里派出所に不法に連行した。私の仕事は印刷業務であるため、かばんの中には印刷のサンプルしかなかった。警官は半日中鞄の中を捜したが、自分が必要とする所謂「証拠」がないと、怒って私の衣服を脱がせて侮辱した。女性としてこのような侮辱を受けて、私は涙が出て本当に生きることが辛くなった。その時、お客が急いで商品を要求していたので、私の携帯電話はずっと鳴っていたが、悪人達は電話を受けることを許さなかった。

 私は派出所で1昼夜迫害され、夜7時ごろ、610弁公室の警官・劉杰により、竹島派出所に送られた。竹島派出所の警官は、入所したばかりの私に対して、再び猛打した。夜10時ごろ、劉杰は私の家から20冊以上の法輪功の書類、テープ4式、師父のバッジ、煉功用の座布団等を押収した。これらの法輪功の品は1999年7月20日以前、即ち法輪功が不法に弾圧される前、出版社で合法的に出されたものである。竹島派出所で私は一晩中迫害された。警官は普段誰と個人的な交際があるかを聞いた。私が誰も知らないと言うと、警官は私を拘留すると脅迫した。

 翌日の朝、劉杰は私を威海拘留所に連行した。同所に不法に監禁されていた15日間、私は本当に耐えられない心持ちであった。城里派出所で侮辱された状況を思い出すたびに、私の心は刀で切られているような感じがした。拘留所は本当に人間地獄で、全ての日常生活を一つの部屋で済まさなければならなかった。部屋にはハエや蚊が多くいるばかりでなく、臭い匂いで本当に苦しかった。私は断食したばかりでなく、労働も拒否した。そこで、警官は私を猛打した。私は自分の無罪を主張すると同時に、私を不法に逮捕したことは犯罪であると言った。15日後、私は家に帰ることができたが、警官は私に毎日彼らの所へ行き、到着を知らせるようにと言った。しかし、行かなかったので、彼らは私の家に来ては嫌がらせをした。

 翌年、610弁公室の頭目・李嵐清が威海に視察しに来たので、威海610弁公室の警官は、再び法輪功修煉者を不法に連行した。私達は不法に1カ月間も監禁されたが、その1カ月間の1秒は、本当に1年ぐらい長かった。

 1999年7月20日以来、私は4回も不法に洗脳班と看守所に監禁され、毎回、心身上に深刻なダメージを受けた。また、家族にも強大な精神的な重圧と恐怖感を与えたが、これらはすべて悪党がやったことである。悪党は無辜な法輪功と法輪功修煉者を不法に迫害し、天理は絶対に許さないと思う。今日、私が自分の経験した迫害事実を書いたのは、世人が悪党の本性を認識し、早く悪党組織から離脱して、自分のためによい未来を選択することを望むからである。

 2007年11月1日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/10/31/165633.html