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法輪功修煉者・劉永旺さんの断食への抗議は1年半に及んでいる

(明慧日本)不法に河北省冀東刑務所に拘禁されている法輪功修煉者・劉永旺さんは、迫害に抗議して1年6カ月に及ぶ断食を続けている。現在、劉永旺さんの体は極めて衰弱したため、家族は何度も刑務所側に治療のため一時出所の申し出をしたが、冀東刑務所は条件を満たしていないことを理由に拒絶した。

 劉永旺さん(36歳男性)は北京市出身で天津大学卒。中共が1999年7月に法輪功を迫害してから、彼は数回陳情に行って法輪功の真相を伝えたが、公正な解決が得られないため、彼は何回も北京天安門広場で真相の横断幕を揚げ、一度、天安門派出所に不法に1週間拘禁された。

 2000年5月、北京市国家安全局は不法に劉永旺さんと彼の妹、妹婿3人を連行して「公安局第7処」に拘禁した。1カ月後、彼は勤め先に一方的に労働契約を解約された。

 中共の迫害は劉永旺さん一家を離れ離れにさせた。2001年9月13日、劉永旺さん一家は上海で連行され、上海市松江留置場と河北省保定市留置場で計88日間不法に拘禁され、その間、劉さんはずっと断食をして抗議し続けた。

 2002年10月13日、凶悪な警察は彼を「転向」を拒否する法輪功修煉者に残虐な拷問を与えるための専用部屋に入れて、スタンガン、ゴム棒で殴り1本の前歯を打ち落とした。そしてスタンガンで長時間頭のてっぺん、太ももの内側など敏感な部位を電撃し、部屋中に肉の焦げた匂いが充満した。

 迫害で劉永旺さんの左足は障害になり、2004年6月中旬に治療のため一時出所をした。

 2005年8月24日、劉さんは再度勤務先で北京国安局に連行され、その後、河北省安全庁留置場と保定市留置場に移送された。

 2006年5月11日、保定市国家安全局、公安局、新市街区検察院、新市街区裁判所は劉さんに罪を着せて、いわゆる「テレビ放送割り込み」、「法律実施妨害の罪」で、劉さんと他の法輪功修煉者3人に対して不法な判決を下した。

 劉永旺さんは上訴の際、不法な拘禁と迫害を排斥するため5月24日から断食を始めた。6月16日、不法な判決を言い渡された後、唐山市にある冀東刑務所に移送された。劉永旺さんの健康状態はずっと危険な状態だった。

 現在、劉永旺さんは不法な迫害に抗議するため既に1年6カ月も断食し続けている。刑務所は2007年7月から今まで、4カ月も家族に面会をさせていない。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 2007年12月1日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/12/1/167539.html