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張家口崇礼県の張鳳花さんは、何度も迫害を受けた

(明慧日本)1999年7.20 に法輪功の迫害が始まってから、河北省張家口崇礼県の法輪功修煉者・張鳳花さんは、何度も迫害を受けた。

 張さんは、1999年7月23日に法律に基いて北京へ陳情に行った時、沙城の警官により、沙城の留置場に不法に拘留された。その後、県公安局の張貴鎖らに連れ戻され、中国共産党学校に不法に連行され、翌日には、高家営鎮に強制連行された。郷幹部の禄進貴らは、張さんに保証書を書かせ、法輪大法の書籍を出すよう強要した。家に戻った張さんに、大隊の書記・董正廷、尹栄らは、法輪大法を誹謗中傷する書籍、新聞、テレビを何度も見せ、絶えず張さんの正常な生活を侵害した。

 2000年10月、張さんは、再度北京へ陳情に行った時、北京の刑事警官に昌平派出所へ不法に連行され、ひどく殴打された。その後、地元へ連れ戻され、公安局の副局長・石進軍、警官・王利紅(女性)・陳建軍(女性)らに残虐に迫害され、家財も差し押さえられた。張さんには、未成年の子供が2人おり、子供たちは脅されて顔面蒼白になった。2ヶ月後、張さんは不法に労働教養所に強制連行された。

 河北高陽労動教養所に拘禁された張さんは、数々の残虐な虐待を受けた。すべての法輪功修煉者は服を脱がされ、身体検査をされたこともある。強制的に法輪大法の「『師父』を中傷する録画を見せ、「感想文」と「四書」を書かせた。書かなければ、激しく殴打され、スタンガンで電撃され、長時間にわたって奴隷の仕事をさせられた。断食をする法輪功修煉者には暴力を奮い、塩分の濃い水や、甚だしきに至っては、人糞のスープまで無理やり飲ませた。 高陽労動教養所から帰った後、張さんは、県委員会、現地の公安局・張貴鎖、陳建軍、派出所・楊文亮、西湾鎮・李海、張海らによって生活を絶えず侵害され、困難を強いられた。

 2007年4月26日、 再度、公安局長・厖森は人に指図して、路上で張さんを不法連行した。また、県公安局の警官・啜江、魏建貴、王玉軍、楊文亮、劉広芬らは、張さんの家に不法に侵入し、家財を差し押さえた。その後、張さんは不法に張家口十三里留置場に拘禁され、1ヶ月間、残虐な迫害を受けた後、十三里留置場から不法に300元ゆすられ、県の公安局からも不法に3000元ゆすられた。

 張さんは、修煉する前は体が病気だらけだった。胆嚢炎、腎臓炎など多くの病気に苦しめられ、悲しみのあまり死を考えたこともあった。性格はイライラし、いつも娘や夫と口喧嘩ばかりしていた。1999年4月8日に法輪大法を得たことで、法を学び、煉功し、大法の法理に従って常に自分を厳しく律し、身を修め、修煉を行ったことにより、周りの人たちから、「変わった」と認められた。張さんは性格が変わっただけでなく、体の病気までいつのまにか良くなっていた。張さんは法輪大法を信じ、『師父』を堅く信じている。

 2007年12月6日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/12/5/167763.html