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河南省項城市:楊得志さんは無実の罪で4年の判決

(明慧日本)河南省項城市政府は裁判所を操り、2007年10月、生まれつき両足が不自由な楊得志さんに4年の不法な判決を言い渡した。楊さんの弟の楊超さんは、2004年に7年の重刑を言い渡され、現在も不法に拘禁されている。

 楊得志さんは、河南省淮陽豆門郷大董営村の出身である。生まれた時、大病に罹りそのため両足が不自由になり地面を這うしかなかった。年を取るにつれ、慢性腸炎、疝病(せんびょう)、中耳炎などの病気に罹ったが、治療を受けるお金もなかった。 

 1996年、楊さん一家に奇跡的な変化が起きた。家族全員が法輪功を修煉し始め、修煉して間もなく得志さんは、いろいろな病気が完治した。農繁期には軽い仕事を手伝った。妹の柳さん(30)は、修煉前に重い気管支炎に罹っていたが、1997年に法輪功を修煉したことにより完治し、健康になった。

 「真・善・忍」を信じ、心と身体を共に浄化することに努め、修煉している法輪功修煉者たちに対して、1999年7.20 中国共産党は残忍極まりない迫害を始めた。それ以来、何千万人という法輪功修煉者と同じように、楊さん一家も苦難の日々を送っている。

 項城国保大隊の頭目・馬哲鋒は2000年11月、警官・靳海を連れ、得志さんを強制連行し、留置場に拘禁した。しかも意地悪いことに得志さんが使っている杖を奪い取った。そのため毎日の食事や、トイレの時など、這って行くしかなく困難をきたした。

 2001年5月、妹の柳さんは豆門派出所の李西志、閻民ら悪辣な警官に強制連行された。警官らは、柳さんを、部屋の中の柱に縛りつけ、竹の棒で臀部を猛打した。そのため、パンツが破れ、臀部が壊死してしまった。刑務所の王培棟が、受刑者に指示をし、傷だらけの柳さんに重いキングサイズの「足かせ」をかけさせた。柳さんは10カ月間拘禁された後、釈放された。

 年老いた父親は、警察の詐欺や恐喝、罰金などで心身ともに疲れ果て、冤罪を晴らすこともないまま2001年12月12日この世を去った。

 得志さんは2006年11月、項城水寨鎮北関派出所所長・陳海軍に不法に強制連行された。これはすでに4回目の身柄拘束である。その後、馬哲鋒に不法に刑務所へ送られた。淮陽に移されて数カ月間拘禁された後、項城留置場に転送され、項城の公安局、検察院と裁判所は、周口市中国共産党書記・毛超峰の指示を受け、何の法律の手続も取らない情況下で得志さんに4年の判決を言い渡し、鄭州刑務所へ強制連行した。

 現在、楊さんの家族は数人の弁護士に救助を求めている。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報については、中国語のページを参照)

 2007年12月12日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2007/12/9/168039.html