日本明慧
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芸術祭の促進販売についての交流


 文/トロントの大法弟子

(明慧日本)去年初めて神韵新年祭を見に行き幕が開かれた時に、心の中でこの上ない震撼を感じられた事を未だにはっきりと覚えています。衆神が主仏に従ってこの世に降りて法を正し、万古の天門が開かれ、天上からこの世まで比類無く壮麗な歴史の絵巻が美しく、素晴らしくこの空間に現れたのです。

 芸術祭を見ることは衆生にとって何を意味しているのか私たちはもうはっきりと分かっています。しかし、衆生にとって、時間はもう本当に残り少ないのです。衆生が救われる唯一の希望である大法弟子としての私たちは本当に自分の責任を全うしたのでしょうか。将来位に帰するその日に、我々は何の悔やみも残っていないと堂々と言えるのでしょうか。我々は長年真相を伝えてきましたが、このような大規模で世界クラスの人を救うためのプロジェクトは今まで無かったのです。神韵芸術祭の中に含まれた心血と苦労はとても我々に想像できないものです。しかし、私たちはそれを大切にしたのでしょうか。神韵芸術祭が法を正すことの中での更に深い内包は今の私たちにはとても完全に知れないものです。

 クリスマス芸術祭について言えば、ここ何年来、皆さんは既に習慣的に最後の奇跡を待つというように思ってしまったらしいのです。しかし、我々の頼りっきり、怠り、精進できない状態が法を正すことにとって何を意味しているか、皆さんは考えたことがあるのでしょうか。私たちがよく行えなくて、出演開始の直前までにやはり行なうべき事をよく行うことができないとすれば、元々入場するはずの観衆—師父の救おうとされる人、彼らの救われるチャンスは師父御自身が更に大きく支払われた代価によって取り替えられることになるのではありませんか。我々自分の身にあるまだ取り除かれていない旧宇宙の腐敗した物質は師父の法を正すことにどれだけの困難さをもたらしたのか私たちには本当に分からないものです。

 ニューヨークでの出演が旗艦であるというように喩えている同修がいます。確かにこの世界の都での成功はこれからの出演に対してとても意義深いことなのです。あらゆる同修の正念を持って支持することと条件のある同修が現場で支持することは皆ニューヨークでの同修に対して大いに激励しています。またそれは各地での入場券の促進販売に対しても促進作用を果たしていると思います。だから、毎晩九時、十時芸術祭に対しての正念を我々は必ずよく発するようにしなければなりません。我々の能力は既に師父によって開いていただきましたが、今大事なのは我々が如何にそれを運用するかと言うことです。私たちはこれから正念を頼りに、局面を打開するようにしなければなりません。

 中秋節の芸術祭の時、最初私たちも十分に行いませんでしたが、皆は交流を通して、心が動くようになり、かつて無かった道を開いたため、最後の成功につながったのです。中秋節の芸術祭が終わった後、皆はもう新年祭の促進販売を計画し始めましたが、確かに人類社会の道徳は一日千里のように堕落している今、人を救うことはとても緊急であり、いささかの怠りも許してはいけません。私たちは既にわかっているのですが、一番大事なのは全ての学習者の心が皆動じることであり、我々の真の念が動じて始めて、我々の天体と関係している衆生が入場券を買いに来るのです。こう言う意味では我々は確かに今まで以上に努力を払って初めて、我々と縁のある衆生を救うことができると思います。

 新年祭までまだ暫く日にちがありますが、今はもう入場券がよく売れるべきだと我々は固く信じているのでしょうか。それとも、人の観念で最後にならないと全部売れないと思っているのでしょうか、我々は皆ベストを尽くして、師父の心血の注ぎ込まれたこのプロジェクトを圓容するようにしたのでしょうか。我々は限られた時間を利用してこのプロジェクトに参与した時、純粋で清らかな心理状態を持って大法を実証するようにしたのでしょうか。今師父の要求された救われる人の数量までにまだまだ距離があると分かった時、今の修煉状態は師父の要求までにはまだ随分かけ離れていると思うと、私は恥ずかしくてたまりません。

 我々の正しい念と正しい行いは最後まで緩んではいけません。中秋節の最終出演に当たっては、我々の気が緩んだせいで、地下鉄が中止になったという教訓を汲み取らなければなりません。出演に関するありとあらゆることについて、我々は皆正念で支持するようにしなければなりません。それから、常人のルートを利用することについては、去年我々は既に悟ったのですが、常人のマスコミ機関や色々なルートに頼るという心を持ってはいけません。大事なのはやはり我々の正念であり、全ての学習者の心が動き、法の標準に達しなければならないということなのです。

 “旧宇宙の歴史が今日まで続き、ここまで至り、衆生と人類が現在まで存続できたのは、救われることを待っていることを皆さんに教えているのです。言い換えれば、つまり大法弟子が威徳を樹立することを待っており、同時に大法弟子が衆生を救う能力を皆に見せているのです。”(《米国首都での説法》)

 「大法弟子にとって、現在皆さんがこのことをやり遂げることができず、衆生が済度されるようにやり遂げることができなければ、皆さんは自分が立てた誓約を全うしなかったことになり、同時に法を正すことと、宇宙と衆生に災難をもたらしてしまうことになります。」(《二〇〇七年ニューヨーク法会での説法》)

 大胆にもこの世に降りてきて、師に従い、法を正すことを今日まで歩んできた大法弟子は法を正す修煉の難しさ、人を救い済度することの困難さをつくづく感じているはずです。だから、くれぐれも怠らないように、師父より与えていただいた万古不遇の人を救うチャンスを逃さないように気をつけましょう。

 2007年12月18日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2007/12/12/168279.html