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 李麗さんが北京の房山留置場で迫害されて死亡した情況

(明慧日本)吉林省梨樹県の法輪功修煉者・李麗さんは、2001年1月に再び陳情に上京した後、ずっと北京で真相を伝えていた。しかし、8月に不法に捕まえられ、北京の房山留置場へ拘禁され、6カ月間残酷な迫害を受けた。そして、2002年2月1日に死亡した。 

 李麗さん(女性35歳)は、吉林省梨樹県道路の工事会社の出納員。1991年に脳下垂体の腫瘍を患い、生活と経済の上で家族に重い負担をかけていた。1996年に修煉を始めて、大法により彼女の不治の病は治癒し、再び新たな人生を得ることができた。法輪功が迫害された後に、何度も陳情に行って民衆に真相を伝えた。1999年に北京に行って陳情したが、その後不法に労働教養所で労働教養をさせられ、非人道的な虐待に遭った。 

 2001年、李麗さんは、現地の「610弁公室」の騒乱を避けるため、北京で引き続き真相を伝えた。2001年7月4日、房山良郷のすでに転向した「ユダ」は彼女を告発し、警官を引き連れて李麗さんを捕まえた。そして房山留置場へ不法に拘禁した。2001年8月、房山区の「610弁公室」は李さんを房山転向クラスに閉じ込めて強制的に洗脳をした。しかし、不法な虐待では李麗さんを屈服させることができなかった。2001年10月、李麗さんは房山留置場で断食して不法拘禁への抗議をしたが、野蛮な灌食を強制され、獄吏は毎日彼女を殴った。その後公安の病院に送られて緊急措置をとった。 

 2001年12月、李麗さんは公安の病院から房山裁判所に連れて行かれ審判が始まったが、その時すでにとても痩せていた。彼女は偽りの裁判に協力することを拒絶し、署名を拒絶したため、法廷で不法に7年の判決を言い渡された。

 留置場の内部の人の話によると、李麗さんはまたホテルの中の部屋に拘禁され、6人のいわゆる「矯正教育員」が教育をした。その間虐待され殴られ、額を負傷した。李麗さんは大法を堅く信じ、依然として絶食での抗議をし、決して邪悪に協力はしなかった。しかし、2002年2月1日、北京の公安病院で冤罪を晴らせないまま世を去った。詳しい情況を知っている人は情報を提供してほしい。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 2008年1月11日


(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/1/10/169987.html