■日本明慧 http://jp.minghui.org/2008/04/01/mh023889.html 



四川省樂山の法輪功修煉者・陳文艾さんが迫害により死亡

(明慧日本)四川省樂山市の法輪功修煉者・陳文艾さん(61歳女性)は1996年から法輪功を修煉し始めた。修煉前には婦人病、心臓病など10数種の病気を患っていた。体質が極めて弱く、毎日を苦しみの中に過ごしていた。法輪功を修煉した後、これらの病気が完治しただけでなく、精神状態も一新した。昔はわずかの利益のために争ったり、怒ったりしていたが、修煉後、利益には淡泊になり、いつでもどこでも他人のことを先に考慮するようになり、心も闊達となった。 

  1999年7.20後、法輪功が中共に弾圧されてから、陳さんも残酷な迫害を受けていた。2001年8月5日夜、楽山市公安局の警察と楽山製紙会社の責任者が陳さんの家に押し入り、「まだ法輪功をやるのか?」と陳さんに問いかけた。陳さんが「こんな素晴らしい気功を、なぜやらないのですか?」と問い返した。すると、彼女を連行し、張公橋派出所に監禁した。翌日に彼女は堂々と派出所を出てきたが、更なる迫害を避けるため、放浪生活をせざるを得なかった。

 2002年4月3日、陳さんがバスを待っていたとき、一台の黒い乗用車が遠くからやって来てすぐ傍に停まった。車から2人の男性が降りて来て、何も言わずに陳さんを車に押し込み、直接楽山石柱留置場に送った。そこで、49日間監禁された。自分への人権迫害に抗議するため、9日間の断食をしたが、家族が2千元の罰金を払ってから釈放された。その後、陳さんの行動はすべて監視されていた。

 2003年4月、楽山市製紙会社の責任者が陳さんの家にやって来て、洗脳班に連れて行くと彼女に言ったが、陳さんの夫は「洗脳班へ行くと、妻は絶対断食をする。あなたたちは妻を殺そうとしている」と言った。そのため、陳さんは連れて行かれなかった。

 2004年3月30日、陳さんが2人の友人と街を歩いていたとき、一台の車がやって来て、2人が車から降りて来た。漢陽郷政府の人物と名乗りながら、彼女たちを連行した。翌日、彼女たちは楽山石柱山留置場に監禁された。監禁期間中に陳さんは断食を行ったが、看守らは強制的に管で鼻から食べ物を押し込んだ(灌食)。ある看守が法輪功の創始者である李洪志先生を罵ったが、陳さんは「あなたに悪い報いがある」と警告した。結局、午後3時、晴れていた空に突然黒雲が低く垂れ込め、大雨が降り出した。留置場の一本の木が根こそぎになった。

 2005年4月4日午後3時ごろ、陳さんが1人で街を歩いていたとき、真正面から男2人がやって来て、彼女を捕まえ隣に停めていたパトカーに入れて、再び楽山石柱山留置場に送り込んだ。1週間の断食を経てから留置場側は彼女を8815病院に送った。そこで管による野蛮な灌食をされた。このような残酷な迫害を受けていたにも関わらず、陳さんは法輪功への信仰を放棄しなかった。19日後釈放された。

 家に戻って4、5日後、楽山市610弁公室(法輪功取締本部)と公安局の警官6、7人が陳さんの家に再びやって来て、連行しようとしたが、陳さんの断固とした抗議により、やり遂げられなかった。更なる迫害を避けるため、陳さんはやむをえず再び放浪生活となった。不幸にして2005年5月25日に捕らえられ、6年の懲役刑を言い渡され、四川省簡陽女子刑務所に監禁された。そこで陳さんは残酷な迫害を受け、2007年年末、危篤状態に陥ったため釈放されたが、2008年2月24日に他界した。

  2008年4月1日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/3/14/174314.html

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