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李秀敏さんが連行後1年近く河北女子刑務所に拘禁

(明慧日本)河北省石家庄の法輪功修煉者・李秀敏さんは労働教養所で身体が深刻な病状が出たため、2007年3月、病気治療のため一時釈放されたものの、5月に再び連行された。現在、河北女子刑務所に拘禁されている。それ以降一年近く、李さんの年老いた両親が城上派出所、石家庄市第二留置場、裁判所、河北女子刑務所へ面会に行ったが、結局、各施設の管理者が許可してくれず会うことができない。河北女子刑務所は1カ月後に家族と面会させると言うが、まだ実現していない。  

 2007年3月中旬、李秀敏さんは病気治療のため一時釈放され、自宅で治療を始めたばかりなのに、またすぐ留置場に拘禁された。極めて悪い環境の中、李さんの体調は段々悪くなり、虚弱になって視力もぼんやりし、腫瘍の合併症が現れた。このままの状態だと生命の危険がある。  

 李秀敏さんの両親は70歳の老人で、この情報を聞き、とても心配して十数人の弁護士に会った。みな法輪功修煉者が陥った苦境に同情するが、中共を恐れ弁護する勇気がない。  2007年5月23日夜、李秀敏さんと霍俊梅さんは外出し、道に迷いながら新華区西三庄郷に着き、「法輪大法はすばらしい」の張り紙をしたため、悪人に告発され、城上派出所(元の石家庄派出所)に連行された。  

 翌日、家族は一日中探し、夜7時に、やっと警官から李さんを連れて帰るように連絡があった。李さんの両親は70歳の老人で、上城派出所に赴いたところ、当番の警官の態度が悪く、「上司は不在だ」と言った。  5月25日朝、再び、2人の老人は朝早く派出所へ行き、この件の責任者・郭という指導員を探し出した。郭は「李秀敏は党を反するため、上に報告するべきで、上のものが処理するから、午後に返事する」と言った。当日午後4時過ぎ、家族が派出所に着く前に、上城派出所はまた李秀敏さんを石家庄市第二留置場へ移送し、続けて迫害を行った。  

 7月19日、石家庄市第二留置場は李さんの家族に電話し、李秀敏さんは眼に深刻な病状の変化があり、網膜炎、顔面神経の麻痺が再発しているといった。留置場はすでに新華区検察院に申しでて、医師の診察を受けさせることを認めた。家族は病気治療のため、李さんを一時釈放するよう強く求めた。  2008年2月18日、李秀敏さんの母親は娘に会いたくて第二留置場に行ったが、留置場の王副所長がいないため、翌日来るように言われた。翌日午前中に行くと、王副所長は二審の判決も一審の判決を支持したので李さんに会うには執行命令書が必要だといった。家族は弁護士に尋ねると、弁護士は判決が出たら、面会を許可しないのは違法だという。  李さんの家族は午後再び第二留置場に行くと、劉所長は李秀敏さんは河北女子刑務所へ移送されたといった。現在、彼らとは関係なくなったので、早く刑務所へ会いに行けと年老いた家族を騙した。  2008年3月5日、李さんの家族は色々と奔走した結果、李さんが既に河北女子刑務所に収監されていることを突き止めた。家族が李秀敏さんに会いたいというと、刑務所側は一カ月以後に会えると言った。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は中国語のページを参照)

 2008年4月2日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/3/29/175386.html