日本明慧
■印刷版   

二言三言:「私」と本当の私

(明慧日本)先生は説法の中で「理性と正念がしっかりしていない人は神に最も軽蔑されている生命です」(『2004年米国西部法会での説法』)と言われました。私は比較的「私」のことに執着していたため、この方面で普段十分に注意して修めました。法を学んで私が目覚めたのは、「私」のことに執着しないだけではなく、更に重要なのは本当の自己——本当の私を探し当てることなのです。

  私は自分の修煉がよく出来ていないのを知っており、時には徹底的に執着をとり除くことができないので、思想の中にいつもいくつかのよくない考えが現れるのですが、これらの大部分を直ちに捉えて排斥し、それを承認せず、それは私が思ったのではないと、正念で取り除きました。しかし時には、あれは私が思ったことではないなら、これらのよくない考えは私の大脳が考え出したものではないのではないでしょうか? もし、私でなければ、誰が思ったのでしょうか? 先生はそれを私に教えられました。あれは本当に、本当の私が考え出したのではなく、「偽の私」です。観念や思想業を含む、外来の妨害で、旧勢力が按排した考えです。

  本当の私は高層の空間に生まれ、真・善・忍の大法で育成されたので、あの層の基準に合うのです。人の世で形成された、私の頭にあるあれらのよくないものは本当の私ではないのです。本当の私はミクロの粒子で構成され、現在の私は後天的なものに幾重にも取り巻かれているので、これらの後天的に形成されたよくない考えや観念を含んでおり、修煉によって、積まれた一層一層の悪いものを除いて、ようやく本当の私がはっきりと現れるのです。あれらの名誉、利益、色欲、怒り、恐怖心、歓喜心、嫉妬心などは、すべて本当の自分ではないのです。それを承認しなければ、修煉してとり除くことができるのです。

  2008年6月25日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/6/23/180735.html