日本明慧
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自分が修煉人であることを忘れてはいけません


 文/山東大法弟子

(明慧日本)2007年、『豪州の学習者に対する説法』のVCD、DVDが出たと知った後、私は、とてもほしくて毎日待ちました。どこでダウンロードできるかもわかりませんでした。とてもみたかったので、千キロ離れている同修のところに取りに行くことにしました。ちょうどその地方には親戚が住んでいました。親戚は私が行くことを知り、ほしいものがあると頼んできました。頼まれたものを買うためには200元必要で、そのことを主人に言いました。主人は「2回もそのものを郵送したのに、またか、あなたは自分のお金を使いなさい」と怒りました。私は、主人の言うことを聞いて、自分が修煉者であることを忘れて怒り出し、主人と喧嘩をしてしまいました。翌日、私は明々後日の列車のチケットを買いました。子供はお父さんにそのことを教えました。主人は私が帰ってこないと困るので、謝っても、私は何にも言いませんでした。

 翌日の朝、煉功しようと思って、3時45分(明慧のラジオで集団煉功の時間は3時50分)テレビをつけたが、(明慧のラジオが聞ける)煉功も始まっていて、5秒間を待っているところ、師父の厳しい声で「ゆっくり放してください」と聞こえました。なぜ、煉功時間が早まったのか疑問に思いながら、翌日もっと早く起きることにしました。次の日、3時28分に起きて、テレビをつけたら、また煉功が始まっていました。昨日と同じように5秒間を待っていたところ、師父の厳しい声で「ゆっくり放してください」と聞こえました。時刻の修正を明慧ネットでチェックしたが、そのような通告はありませんでした。不思議に思いながら、荷物をまとめて列車に乗りました。

 同修のところへ行って、不思議と思っていた煉功のことを聞きました。同修は「早まっていませんよ。きっとあなた自身に何か捨てないといけないものがあります」と言ってくれました。同修のところで、師父の説法を涙流しながら見終わりました。師父は「大法弟子と常人がトラブルを起こすと、100%大法弟子の間違いです」。これは豪州の学習者に対する説法ではなく、まるで私のことを言っているのではありませんか!自分が間違っていることを直すべきです。そして偶然主人から電話をかかってきました。主人は「まだ、怒っているのか、いつ家に帰るか」と聞いてきました。「来たばかりなのに、帰らないわ」と私はいやいや答えて、すぐに電話をきりました。「直す、直すって自分で言いながら全然直していないじゃないか」と自分のことでため息をつきました。同修が衛星アンテナを設置するといったので、私はその使い方を同修に教えるため、しばらく同修のところにいました。

 家に帰って、主人に「ごめんなさい」と謝ったが、本心からでたものではありませんでした。ある日、晩ごはんを作りながら「修煉は本当に難しいもので、放棄しようとしてもなかなか惜しがるなあ」と薪を持ちながら考えました。しかし、師父の説法に「難しいか難しくないかは人によって違います。修煉をしたくない普通の常人にとって修煉は不思議なくらい難しいのです。円満できないものです。常人だからです」を思い出しました。

 「執着心でしょう、私はそのようなものはいりません、放棄したらいいじゃないか」と考えたら、すぐ体が軽くなったと感じました。晩ご飯の後、私は主人に「なぜ私自身のお金を使ってはいけないか、そのお金はすべて、人の命を救うために使わなければいけないお金だからなの。いくら家のお金が無くなっても、そのお金は使ってはいけません。そのお金で真相資料を作って、人の命が救われるのですよ」と主人に言いました。主人は「早く言えばよかったのに。そのことはとっくに忘れてしまったよ」と言いました。考えてみれば、本当に簡単なことで、説明すれば済んだことなのに、私は1ヶ月もかかってやっとこの良くない心を無くすことができました。

 2008年7月5日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/6/30/181180.html