同修の修煉体験談「人心を放下しよう」を読んだ感想
文/北米の大法弟子
(明慧日本)この文章が発表されたとき、ただ読んで心で少し驚いたが、その後は他のことで忙しくなって文章を読みませんでした。しかし、数日経ってから、このことについて真剣に交流しようとする修煉者があまり多くないことに気づき、たとえ交流したとしても何もたいした交流にはなっていないことに気づきました。これは厳粛な問題だと思います。国内および海外の同修は重視すべてきであり、この問題について十分に交流すべきだと思います。私たちの隠されている心を見つけ出し、不足を見出し、ただちに修正し、二度と繰り返し犯さないよう気をつけるべきです。
自分と周りの同修を見比べて、私は以下の人心に気づきました。代表的な部分もあるので、それらを取り除きましょう。
疲れた心:法を正す修煉が九年経ちました。さまざまな項目に参加し続けてきた修煉者が疲れを感じているという執着。
怠惰な心:いつになったら迫害が終わるかわからない、ゆっくりやろうという執着。
懐疑心:中国共産党は今になっても強そうなので、本当に解体できるかという執着。
不安の心:中国共産党のオリンピックが本当に成功したら、また何年か中国は続くのではないかという不安の心。
依頼する心:神の行いような奇跡を通して中国共産党に教訓を与え、世の人々を震撼させればよいのに、と依頼する心。
待つ心:私たちのメディアも言ったように、オリンピックで必ず何か良くない事件が起きるので待とう、という執着。
このように、見つけようと思えばまだたくさんの執着を見つけ出せるでしょう。まさにこれらの執着心が、私たちが心を静めて法を学ぶことを妨害し、強大な正念を発し邪悪を取り除くことを妨害し、衆生を救い済度することを妨害し、そして私たちが正法時期の大法弟子としてあるべき精進の状態を妨げています。もし、私たちが上述のような執着心がなく、オリンピックを開催するかしないかに関係なく、常に神の正念をもって精進し、行うべき三つのことをしっかり行うことができ、さらに人々の注目するオリンピックを利用して、主役としてさらに理性的に邪悪を暴き、真相を伝え、衆生を救うことができれば、ひょっとしたら中国共産党はオリンピックを通して自分を正当化することはなく、このオリンピックを機に崩壊してしまうかもしれません。
ここで特に、マスコミについて話をしてみたいと思います。
私が言いたいのは、全世界でたくさんの大きなことが起きている中で、法を正す進展に影響を及ぼす大きな事件について、一部の学習者が自分の悟ったことをあれこれと書くべきでなく、それらの予言について特に気をつけるべきです。というのは、大法にマイナスの影響をもたらすかもしれないからです。
ですから、この点において、私たちのマスコミは健全なシステムを発足し、予言などの文章については、必ず事前に法に基づいて交流すべてきです。そして、予言などの良くない文章について発表すべきかどうかを討論し、安易に、書いたから発表するとは考えないでください。なぜなら、これらのものが人を救うのか、もしくは人を台無しにするかというきわめて重要な影響があるからです。ひいては、一部の学習者の心に良くない影響をもたらしかねません。
個人の考えにすぎないので、参考程度にしてください。
2008年8月25日
(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/8/20/184400.html)
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