人心は修煉の最大の障害
(明慧日本)私は恐れる心や私心、人心が重かったため、体が邪悪に隙に乗じられ、病状が表れた状態が半年も続きました。今、私は自分のこの体験を書き出して、同修たちと交流したいと思います。
長い間、私は法を学ぶことや、発正念、真相を伝えるという三つのことをよく行なっていませんでした。師父の要求に従って行わず、人心があまりに重くて、正念はなく、法の基準をもって自分に要求することができず、恐れる心が重かったのです。子供達は、私が外出して真相を伝えることを許しませんでした。もし、私が捕まえられたら、子供達に迷惑をもたらすことを恐れ、情があまりに重く、法に基づいて真相を伝えることを考えていなかったので、ずっと表に出て行くことができませんでした。
私心と恐れる心があまりに重く、衆生を救うことを第一に置かず、大法弟子の基準に符合せず、師父の要求に従って行わなければ、その名にふさわしい大法弟子にはなれません。旧勢力は、私のこの私心を見たので、隙に乗じて迫害をし始めました。
今年3月初め、私の居住地区の警察は家ごと写真を撮って提出するよう求めました。初めの時、私は写真を撮られることを拒絶したが、何度も家に来たうえ、私は恐れる心があったため、相手に真相を伝える勇気がありませんでした。彼らに、自分が法輪功を修煉していることを知られて、迫害を受けることを恐れていました。人心に動かされて、正念をもって抵抗できず、妥協してしまいました。警察の要求に従って、大法弟子としてするべきではない事をして、邪悪の按排に従ってしまいました。師父に申し訳ない、大法に申し訳ないと思い、心の中の苦痛は本当に言葉で表すことができませんでした。
翌日、私は全身の関節の痛みが我慢できなくなり、日増しに深刻になっていきました。最初の時、学法や煉功をせず、正念を発していましたが、あまり役に立ちませんでした。子供達や親戚、友達は私に治療を受けるように勧めました。私は治療を受けないことを堅持して、たいした事はないと言いましたが、正念はなく、人心をもって考えていました。心の中で、師父は説法の中で、煉功者は常人の病気にかかることはありえないと言われたと思い、人心をもってじっと我慢していましたが、結果として2カ月後、体の痛みはますます酷くなってきて、正常に直立歩行することができなくなってしまいました。この時、自分の人心も増してきて、最後にやはり息子と娘達に従って、マッサージや注射、点滴を受け始めました。
治療を受ける過程の中で、同修は私と交流して、法に基づいて病業に関する理を話してくれました。師父の説法を学んで、私は次第に自分がこの難関をよく乗り越えていなかったと悟りました。自分がつらかったのはさておいて、大法によくない影響をもたらしてしまいました。親戚達は皆、私が法輪功を修煉していると知っており、彼らは納得できずに「あなた達煉功者は病気にならないのではありませんか? あなた達は常人に『法輪大法はすばらしい』、『真善忍はすばらしい』と念じれば病気が治ると教えたのではありませんか? あなた達はどうして病気にかかるのですか? あなた達煉功者は師父が見守っているのではありませんか?」と話しました。
その時、私は本当にひどく後悔しました。自分がしっかりと行なっていなかったため、大法に泥を塗ってしまい、大法弟子が衆生を救うことに難をもたらしてしまいました。息子と娘、親戚の人々に業をつくらせて、私はまだ大法弟子なのでしょうか? 私はまだ師父に救い済度される資格はあるのでしょうか? 私は師父に申し訳ない、大法に申し訳ない、大法弟子の名に申し訳ないと思いました。私は深く自分の過ちを責めて、深く後悔しました。
同修たちの助けと激励のもとで、私は厳粛に法を学び、発正念、真相を伝えるという三つのことをするようになりました。タクシーに乗ったとき、私は運転手に新年祝賀祭のDVDやお守り、真相小冊子を渡し、マッサージ室の患者達にも配りました。恐れる心はなく、人心はなく、ひらすら彼らに真相を理解してもらい、彼らを救いたいだけでした。帰って来た後に、どうして恐れなくなったのかと考えてみました。人心がなく、ただ正念だけで、自分のためにどうのこうのと思わず、ただ師父の話だけを聞いて、衆生を救い済度します。恐れる心はなくなり、心の中はとても気持ちが伸びやかになったと感じ、とても幸せでした。この感想を書いた時、私の病状はすでに消えてなくなりました。
私達は修煉していて、神の道を歩む以上、人の殻を破らなければなりません。人の中から出てきて、苦痛があり、難関があり、放せない人のものがありますが、私達は師父と大法を堅く信じて、師父の要求に従って行いさえすれば、人のものがますます少なくなっていき、神のものがだんだん多くなっていくに違いありません。
今度の魔難を通して、私は内に向けて探すことができました。師父の話を聞いて、師父の按排した道に従って歩み、多く法を学び、師父の法を正す進展に従って、多く人を救い済度し、大法にもたらした損失を補って、初めて師父の慈悲の救い済度に背かないのです。
2008年9月13日
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/9/7/185474.html)
|