「人と神、この一念の違い」に関する悟り
文/河南省周口の大法弟子
(明慧日本)修煉者が事に直面した際には、正念をもって問題に対処すべきで、このことについてネットでの交流が盛んに行われていますが、私も自分の悟りを述べてみたいと思います。
私は修煉の過程で、発正念に関する奇跡的な体験がよくあります。一つ例を挙げてみたいと思います。今年7月中旬のある日の午後2時ごろ、私は同修と一緒に真相説明のため出かけました。家を出て間もなく、猛スピードで走って来た車に突然引っかけられ、そのまま相当の距離を引きずられた後、車はようやく止まりました。
被っていた帽子は遠くへ飛んで、腕からは出血し、すぐに上着が赤く染まりました。意識がはっきり戻った時、私が発した第一念は、「黒い手が私を迫害している。これを絶対に認めない。すぐに解体し取り除こう」という念でした。私は大法弟子であり、行なっていることは最も正しいことであり、最も良いことです。たとえ隙があったとしても、断じて邪悪の黒い手と卑しい鬼の迫害を認めません。私は学法や交流を通じて、大法に基づき自分を正します。
同修が帽子を拾ってくれ、横転していた自転車を立て直してくれました。ぶつかった車には3人乗っていましたが、彼女たちは黙ったままで、私の前に降りて来ようともしなかったのです。私は同修に支えられ、足と腕の激痛に耐えながら、ゆっくりと彼女たちの前まで行き、「私は『真・善・忍』を修めています。大丈夫、恐れなくていいですよ。私は絶対にあなたたちをゆすりませんから。我々大法の修煉者は皆良い人ばかりです。これからは車を運転する時には気を付けてください。道路には通行人が多く、安全によく注意してください。大法弟子でなかったら、もし一般の人ならば、絶対にこのまま済ませるはずはないでしょう! あなたたちの安全と生命を永遠に存在させるためにも、『真善忍好、法輪大法好!』を覚えておいてください」と話し、この後この3人は脱党をも受け入れました。
その直後から、私の左半身は痛みのため寝返りが打てない上、左腕はわきの下から肘にかけて青紫や黄色になり、わきの下には卵とほぼ同じ大きさの塊ができて、とても痛みました。しかし、私は三つのことを怠ることなく継続しました。そして、毎日休憩時間には絶えず発正念を続けました。時には邪悪の妨害が現れ、良くない念が増強しますが、私はそれを見破り、すぐに大法に基づいて念を正し、それを解体しました。「これは本当の私ではない。私は大法弟子であり、やるべきことを絶対にやり通します。誰も私を動じさせることはできません。師父の按排にしか従いません」と正念を強く持ち続けました。次第に腕と足の痛みが消え、青紫の色もなくなり、自由に寝返りもできるようになり、わきの下の塊も徐々に小さくなり始めました。
このことがもし一般の人の身に起こったならば、たとえ骨折しなくても数カ月は入院治療するでしょう。50歳ほどの年齢の人で誰が耐えられるでしょうか? しかし、私は修煉者であり、神の念を持っており、問題が生じるはずはありません。この実体験を通して、私は真に「人と神、この一念の違い」の重要性を悟ることができました。
2008年9月29日
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/9/28/186692.html)
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