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怠惰の心があってはならない


文/山東の大法弟子 宇明

(明慧日本)最近、周辺の多くの同修に学法、煉功、修煉に対して怠惰の心が生じている事を感じました。私は自分の体験を述べ、みんなと交流し、間違ったところを指摘してほしいと思います。

 共産党が「オリンピック」を開催した後、多くの同修が修煉に対して怠惰が生じているようです。今までの学法、煉功を放棄し、常人レベルに落ち、これでは真相を伝えるという事はなおさらです。そしてこのような同修もまだいます。昼夜休む暇もなく商売して、多くのお金を稼ぐことに暮れていて、名利心が重くなり、他人の執着心を引き立たて、旧勢力に弱みを捕まれました。ある同修には高熱、咳の病状が現れています。これらの同修はとても長い時間に渡って三つのことがよくできていません。

 私達は神の道を歩む大法弟子であり、なぜ常人の形式に動揺してしまうのでしょうか? すべては師父の掌にあると私は悟っています。なぜ師父の要求に従わないのでしょうか? 師父は「法があるから、法の要求にしたがって行ってください。ほかの生命がどんな状態であっても、変化に満ちた各種の複雑な表れは大法弟子を妨害することができません。」(『2004年復活祭ニューヨーク法会での説法』)。現在の一切の出来事は大法弟子に試練を与えているというそれらの仮想は、なぜ私達修煉者の心を動揺させることがあるのでしょうか?

 『2004年シカゴ法会での説法』で師父は、「私は誰一人として取り残したくはありません。」と話され、私はこの一言を体得しました。数日前に心が揺らぎ、だらしくなった矢先、師父が私を励ましてくださいました。その日、昼食後の休憩で、突然私は別空間の光景が見えました。木や家はすべて金でできていて、部屋の柱は金色に輝き、たくさんの蓮華の台があるのが見えました。しかし、あまり人が座っていませんでした。これは私達が座るのを待っているではないでしょうか? でもこの良くない心を持ってその世界には行けないと私は思いました。

 同修たちよ、迷いから覚めしょう! 最後のわずかな時間でたくさんの法を学びましょう。自分を正しく修め、人心を取り除き、師父が要求された三つのことを良く行い、はじめて円満に歩むことができます。

 2008年10月5日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/10/1/186858.html