■日本明慧 http://jp.minghui.org/2008/10/08/mh091429.html 



イ坊留置場:若い女性が迫害されて気息奄々に

(明慧日本)ふくよかできれいだったイ坊の法輪功修煉者・孔茜さん(30歳前後、女性)は2カ月の虐待と迫害によって、骨と皮にやせこけた。彼女に会った人の話によると、現在孔茜さんはやせこけて、大きな二つの目だけが目立ち、体は非常に衰弱していて、すでに気息奄々としているという。

 孔茜さんは2008年7月9日に強制連行されたのち、不法にイ坊留置場に監禁された。孔茜さんはずっと断食で迫害に抗議した。中共の人員は連続して7昼夜、彼女を鉄筋と鉄パイプでできた十字架に縛りつけた。両手をまっすぐにさせてから、牛皮ベルトでしっかりと縛り、両足を合わせてしっかりと縛った。体全体は2本の直径1.5センチの鉄筋の上に乗せられ、2本の鉄筋の間隔は約10センチ、全身は頭部だけが動かせる状態で、四肢、腰と背中など全身が痛くてたまらなかった。孔茜さんの痛みは甚だしく、普通の人は3日も我慢できない。

 十字架から解放された孔茜さんは、すでに動けず、ほかの人が彼女を十字架から下ろすしかなかった。彼女は数昼夜動けず、足は歩くことができなかった。縛られていた3日間に孔さんは点滴もされた。点滴をされる時も、強制的に食物注入をされる時も、常に残忍非道に十字架に縛られたままだった。

 孔茜さんにはそもそも幸せな家庭があった。両親はイ北刑務所の警官であった。母親の李シ雲さんは心臓病、貧血、白血球減少、頸椎と腰椎の骨増殖症、深刻な神経衰弱などの13種類の疾病を患っていて、1993年には子宮切除手術も受けた。1996年から母親の李さんは法輪功を修煉し、すべての病がなくなった。一家は幸せで、楽しい生活を送っていた。今回の法輪功に対する迫害が始まった後、父親は中共邪党の迫害に耐えられなくなり、苦しい状況で、離婚を切り出して、妻と娘から離れていった。2001年師走25日、孔さんと母親はイ北刑務所のメンバーにより、大きな木材でドアを遮られ、57人に順番に監視された。外との連絡は17日も断たれた。孔さんと母親はイ坊工業幹部学校の洗脳班に不法に1カ月監禁された。それから2人は仕方なく路頭に迷うようになった。

 2004年4月25日の夜、孔茜さんが結婚の手続きをすませ、結婚式を行う10日前に、孔茜さんの婚約者・李建剛さんは夜11時過ぎにイ坊国安スパイに追われて、強制連行された。それからイ坊国安スパイを含む十数人の共産邪党メンバーは孔茜さんと母親の李シ雲さんの臨時の宿泊所にきて、泥棒をつかまえるという名目でドアを叩き、彼女ら2人を捕まえようと企んだが、失敗した。かれらは孔茜さんの結婚用のお金を奪い去った。李建剛さんは不法に3年の労働教養に処された。

 2008年7月9日の朝4時ごろ、イ坊市開発区公安局は水道のメーターを調べるとうそをついてドアを開けさせ、電力会社の第三寮に住んでいた孔茜さんと母親を強制連行した。またすべての大法書籍とすべての値打ちのあるものを奪い去った。李煕雲さんは当日不法な監禁から逃げることができた。同日の午前7時から10時半まで、イ坊市刑事警察大隊の丁という課長をはじめとする10数人の警官は窓を破って家に入り、李建剛さんと彼の母親・張玉芳さんを強制連行した。

 李建剛さんはイ坊市で迫害されて亡くなった法輪功修煉者・陳子秀さんの甥である。『ウォール・ストリート・ジャーナル』は2000年4月20日に「生命の最後の一日まで、陳さんは法輪功を修煉することは一種の権利であると言っていた」というタイトルで、第1面に長編で陳子秀さんが地方官僚に虐待されて亡くなったことを報道し、国際上で広範に関心を引き起こし、記者のジョンソンさんはその年のニュースピューリツァー賞を獲得した。

 善良な人々が私たちとともに正義と人道を呼びかけ、迫害を制止させ、直ちに孔茜さん、李建剛さんなど不法に監禁されているすべての法輪功修煉者を釈放させるよう希望する。また国際社会もこの件について、関心を持ち、助けるよう懇請する。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照)

 2008年10月8日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/9/13/185827.html

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