日本明慧
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一念の違いにより、異なる結果


文/武漢の大法弟子

(明慧日本)私は1997年3月、幸運にも大法の修煉を始めました。師父は「物事の善し悪しは人間の一念によるものであり、その一念の違いによって異なる結果がもたらされることがある」(『転法輪』「心性を向上させる」)と言われました。私は修煉の中で不思議な体験をした事があり、これを書き出して同修達と分かち合いたいと思います。

 修煉を始めて1カ月経ったある日、料理を作っている最中に、左手が高速回転している換気扇に当たりました。とても大きな音がしたので、息子も驚いて台所に走ってきました。左手の4本の指にやけどをしたような痛みがありました。私は右手で左手をしっかりと握って「業を消す、業を消す、業を消す!」と繰り返しました。不思議なことに、間もなく激しい痛みが指先から消えて、手が回復し、赤くもなく腫れもせず、痛くなくなりました。骨折など全くありませんでした。しかし、そのとき、ほぼ新品の換気扇は大きくひび割れていました。もし、その当時、私が「もう駄目だ、きっと骨折だ! 早く病院に行かなければ」と思ったら、本当に事故が発生していたかもしれません。

 2005年夏の夕方、私は家族と一緒にスーパーマーケットへ買い物に行きました。道路を渡って中央まで行ったときに、ある黒い乗用車が私達の目の前を疾走して通過しました。私は急に右足に激しい痛みを感じ、足にタイヤと接触した重圧感がありました。運転手も人をひいたと感じて、10〜20メートルほど進んで止まりました。若い運転手はすぐに駆けてきて、慌てて「大丈夫ですか? 病院に行きましょうか?」と言いました。私は、修煉者なので大丈夫だと心で明確に分かっていましたので、修煉しない家族の反対を顧みることなく、運転手に手を振りながら「大丈夫、大丈夫、行ってください」と言いました。運転手はとても感謝して去って行きました。

 私は痛みをこらえてスーパーマーケットへ歩きました。家族はそばでひっきりなしに、無理しないで、何かあったらすぐにあの運転手を呼んで来るからと言いました。私は「絶対に大丈夫!」と固く信じていました。買い物の後、家に帰ってよく見ると、右足のストッキングはひどく破れていましたが、足はちっとも傷ついておらず、ただ少し痛みを感じるだけでした。翌朝、右足の親指に大きな青い鬱血がありましたが、数日で完全に回復しました。もし私が当時「私の足がつぶれた」と思ったら、本当に筋肉が切れて骨折していたかもしれません。しかし、私は師父の教えに基づいて、自分を本当の修煉者と見なし、師を信じ、法を信じて、修煉者の要求に従ったので、師父は弟子の私を守ってくださいました。

 修煉前は、私の歯は何でもありませんでした。2008年8月中旬、私は突然歯が痛くなりました。発正念をしてもよくならず、痛くていらいらして、冷水もお湯も飲むことができませんでした。飲むと上の3本の歯が心肺にまで感じるように痛んで、食べることなどさらにできませんでした。ある日、昼の発正念をした後に、痛くて涙がほろほろと流れました。心の中で「私は一体どこが悪くて旧勢力に隙に乗じられたのでしょうか? 師父、助けてください! これほど痛くてどうしますか? 医者に見てもらったほうがいいでしょうか? つい最近、私の母に入れ歯をしてあげたときに知り合った歯医者はとても良い印象でした…」といろいろな念が沸いてきました。医者に治療を頼もうという考えが出た途端、師父の声を耳にしたように思いました。その数秒後に、痛い3本の歯が不思議に動いて、誰かに抜き取られ、そして再び挿し込まれたように感じました。私の歯はすぐに痛みを感じなくなりました! 慈悲なる師父が私のこの難関を消してくださいました。

 自分で体験しなければ、本当に信じられない話です。これらの体験によって、私によりいっそう、しっかりと師と法を信じるようになり、法を実証することが良くできるようになりました。

 2008年11月4日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/10/27/188634.html