日本明慧
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子供との摩擦の中で向上する


文/大陸の大法弟子

(明慧日本)修煉してから12年も経ちました。私は生活の中で出会った事に対してすべて悟って、法理にもとづいて向上することができず、とても恥ずかしく思っています。慈悲なる師父はいつも各種のことを利用して私に早く向上するよう教えてくださっています。以下は、私と子供との間の摩擦を例に挙げます。

 ある日、私は子供に「あなたはいつもお母さんに対して、ひどい態度です」と言いました。子供は「お母さんも同じじゃない?」と言い返してきました。私は驚きました。私は突然、情に執着していることに気づき、普段は子供に対して母親らしくなく、時には怒鳴ったり、キスしたりし、また体罰を加える時もあれば、抱いたりする時もあります。口より行動で教えています。自分が正しくなれば、子供も正しく行なえるのではないでしょうか。ある日、私は子供に宿題を出しました。子供が「平行四辺形」と言ったとき、私は間違って罵声を言ったように聞こえました。子供は「お母さんはなぜいつも頭の中でよくないことを考えているの」と言いました。心では、修煉者の頭の中は大法で満たすべきで、このような不正なことを入れるのはいいのでしょうか。また、人を悪い方に思っていることは嫉妬心のせいではないでしょうか。それは悪いことなのです。

 ある日、子供が言うことをきかなかったので、私は厳しく叱りました。そして、その利害関係を教えました。子供は面倒くさがって「説教が一番いやだ!」と言いました。この時、ちょうど同修が私の家に来て、全部見ていました。同修は落ち着いて「このようになったのは、あなたが子供に対して命令、強制し、見下しすように言ったからで、自分を母親として見ていないからです。落ち着いて慈悲な心がありません。そして普段から、自らの行動をもって教育していないからです」と私に言いました。それを聞いて、私は恥ずかしくなりました。そして、私は子供との問題において、まだたくさんの党文化が残っていると気づきました。

 師父は『転法輪』の第四講で、「われわれ煉功者においては、トラブルが突然現われることがあります。その時、どのように対処すればよいでしょうか? 平素から慈悲に満ちた、和やかな心を保っていれば、問題が起きた時には、一息おいて余裕をもって、適切にその問題に対処することができるのです。日頃いつも慈悲の心を保ち、善をもって人に接し、何かをする時にはいつも他人のことを考え、問題が起きた時はいつも他人がそれに耐えられるかどうか、他人を傷つけることはないかを考えていれば、何の問題も起こりません。したがって、煉功にあたっては、高い、もっと高い基準で自分を律しなければなりません。」と説いておられます。

 今、私の子供はとても変わりました。言うことを聞かないこともほとんどありません。師父が子供を利用して私に啓示してくださったことに感謝しています。そして、同修の適切な指摘に感謝しています。子供は3歳から大法を修煉し始め、よく私と一緒に学法や煉功、発正念をしていました。最近、子供は勉強で忙しく、学法や煉功があまりできません。これが私の心配ごとです。この問題に対して私は、これにも私を向上させる要素があり、私が正しく対処できるかどうか、そして執着心を放下する良いチャンスです。私は今、良い方向に向かって努力しています。

 妥当でないところは慈悲なる叱正をお願いします。

 2008年11月6日


(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2008/10/29/188714.html