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新しい修煉者:情に対する認識

(明慧日本)昨年私は高校を卒業してから、大法修煉に入りました。この1年来、三つのことをしてきてたくさんの感想をもつようになりました。ここで主に私は情に対する認識について話します。

 私は小さい時からリョウ(王+京)瑶さんと韓国のアイドルのドラマを見て、いろんな愛情小説を読みながら成長しました。そして愛情を世の中で一番貴重なものと看做していたことがあります。何をも顧みず、無私で、愛情のためには自分をも犠牲にすることができます。私は中学校のときに幼い恋を始めました。しかしそれはいつもいろんな原因で悲劇に終わりました。またその後自分を落ち着かせるのにとても長い時間を費やしました。食べることも忘れて、1日中うつうつとして楽しみませんでした。それに自分がそんなに「執着」している女性として誇りを持っていました。今そのことを振り返ってみて、本当におかしくて可哀そうにと思います。学業に影響した上に、また締まりのない個性を形成してしまいました。頭の中にいつもいわゆるロマンチックな情景ばかりを空想していました。

 大学に入ってから、学校や家庭の自分に対する制約は更に少なくなり、回りの環境はもっと複雑になりました。女子学生達は愛情に関する話題で、いつもお互いにおしゃべりすることが大好きでした。私も彼と交際し始めました。彼は異郷に居て、私達は手紙でしか連絡できませんでした。ところが、いつも様々な小さな事でも言い争い、何も思い通りにはいきませんでした。毎日涙で顔をぬぐい、数年間付き合った後、ついに別れました。しかし別れた後でも私はやはり彼を忘れられず、とても苦しみました。

 幸いなことに、私は大法修煉に入りました。だんだん情に対して薄く見るようになりました。情が非常に利己的な物質だと私は悟りました。ある人がある人に対して優しくしてあげるのには皆原因があるのです。彼のためにいくら払っても、この情は依然として利己的なのです。常人は、普通自分は誰が好きだと言ってもその原因を言い出せません。実は一切は皆原因があるのです。それらの原因はまさに利己的な体現です。たとえばある男子学生はきれいな女子学生が好きで、多かれ少なかれ心の中に少しばかりの虚栄心があるためです。もしも恋人が少しだらしがないとかあるいはみんなの前で恥をかくならば、この男子学生はもしかすると甚だしきに至っては恥ずかしいことだと感じて、彼女と共に歩くことをあまり好まなくなるでしょう。

 常人は、ある人が好きであるということは、その人のいくつかの条件がちょうど自分の観念に合ったためです。彼らが一緒にいるとき、お互いにある程度求めることはありえます。相手がどのような表現を望み、相手の欠点を変えるよう望みます(つまり自分の観念に合わない所)。相手が変えない時、悲しく感じ、彼が自分の苦心に背いていると思います。自分はそんなにたくさん払っても相手は自分の心を理解していないと思っています。自分は深く傷つけられたと感じます。すべての苦痛の原因が自分の利己的な心だとはなかなか気がつきません。彼に対して 情があり、それなのに彼の欠点を包容することができません。常に彼を変えたくて仕方ありません。変えられなければ、密かに悲しみます。本当に先生がおっしゃった通りに 「情を為(と)る者は自ら煩悩を尋ね」なのです(『洪吟』「做人」)。私もかつて誰か私に親切にしてくれると、その人と喜んで付き合い、誰かが私に対して冷淡にあしらったならば、私はその人をあまり相手にしませんでした。これは見たところ自然ですが、実は自分が傷つけられることを恐れる心が深く隠れていました。

 真相を伝える中で、この私心は深刻に私を妨げています。誰には言いやすく、誰には言いにくいと思い、親切な人には真相が理解しやすく、親切でない人は彼に言ってももしかすると理解してくれないのではと思います。自分自身が修煉するうちに、もしこの私(し)を取り除かなければ、「度量のある態度」にもなれず、さらにもちろん慈悲でもありません。私(し)を取り除くだけで、他の人が私達に対してよくないことをした時でも、私達の心が動じることはありません。さらに彼に対してよくないことをすることはできず、気持ちを落ち着けて、冷静な態度で対応することができます。自分に対する不公平だとは思いません。

 世間では情の出発点は私(し)なのです。今、流行しているアイドルの情愛の映画や小説は至る所にあります。私はまたこれらの幻想の中に陥らないようにしています。情の中から抜け出し、私心を取り除き、ようやく自分を純粋にすることができ、もっと良く衆生を救い、師父の苦度に背くことはしません。

 以上は、新しい修煉者として修煉の過程における情に対する浅見で、次元は限られており、不適切な所があれば同修の慈悲なるご叱正をお願いいたします。

  2008年11月12日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/10/20/188073.html