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夫婦2人で共に精進する


文/大陸の大法弟子

 (明慧日本)2002年、私は会社から一つの大きな経営の仕事を任されました。会社の今後の生存にかかわるほど大きな営業の仕事でした。経理と財務担当の取締役に、全体の80%にあたる資金で私にこの仕事をやり遂げるようにと頼まれました。多くの同僚は、資金がとても不足しているし、やり遂げることはかなり困難だと助言してくれました。私にとって見れば、今回の仕事でたくさんの人と出会うし、仕事を通して法輪功の真相をたくさんの人に伝えるとても良いチャンスであることが頭に浮かびました。頑張って仕事をやり遂げることができたら、大法弟子のすばらしさを大勢の人に見せる絶好の機会であると考えました。どんな所に行っても真相を伝え、同時に大法のすばらしさを彼らに届けたいという気持ちで行なった結果、わずか60%の資金で営業の仕事をやり遂げることができました。

 会社の経営責任者と担当者が集まり、私を褒賞することが決まりました。褒賞式の会場で十数人の会社の幹部に向かって、私は「会社は現在、資金不足で悩んでいます。自分はこの賞金を貰いません。会社に寄付します。私は法輪大法を修煉している大法弟子であります。私は師父の教えた通りにやっただけです。もし感謝していただけるならば、私の師父に感謝してください。本気で真剣に『法輪大法は素晴らしい』、『真、善、忍は素晴らしい』と心で唱えれば必ず皆様にも奇跡が起きます。幸せが訪れます。親戚や友人にも伝えてください。同じ奇跡と幸せが彼らにも訪れます!」。会場にいた皆さんは私の話を聞いて喜んでくれ、感動してくれました。その後、皆は私の言う通りに「法輪功は素晴らしい!」という言葉を覚え、友人と親戚にも伝えてくれました。

 私は幸いにも1996年に法輪功と出会いました。法を得て間もなく数回の事故に遭いました。一回は私たちが出張で車を早いスピードで走らせていたため、前を走っていたトラックの後ろにぶつかってしまい、車はひどく損傷しましたが車に乗っていた3人はみな無事でした(その中の2人は大法をよく知っている)。念のため私たち3人は当地の病院で検査をしてもらいました。診査した医者は「あのあたりは数日連続して交通事故が発生し、人が死んだこともある。あなたたちの交通事故は他の事故よりもひどいが、人は無事で、本当に神様があなたたちを守っている」と話しました。このような命を取られるほどの事故に遭った例は他にも何回かあります。その時は法をあまり深く理解していなかったので、嬉しくて「私は幸運だ、師父に見守られている」と思い、自分の名誉、利益、情に対する執着の心が重くて、大法をあまり学んでいませんでした。この状態がずっと続き、2001年に私は商売で大失敗を招いてしまいました。その後、同修と連絡を取り、法を学習する中で自分が悟ったのは、おそらく自分は昔、あるいは前世に他の人にたくさんの借金と債務があったに違いありません。自分が法のなかで精進している時には師父が私の代わりに背負ってくださり、返済をしてくださいました。しかし、自分が法の中で精進しなかったら、ただの常人になり、自分で借金を返済しなければなりません。商売で失敗した原因が自分の中で分かったような気がしました。

  とても深い道理は分かりませんが、少なくとも『転法輪』を読んだ後、法の中で師父は、どうやって良い人、最も良い人になれるかを教えてくださいました。私は法を学ぶ前は、「口がうまく、自分に有利に計らい、自分が損をしないように」気を付ける人でした。職場でも上司と仲が良く、賄賂などを渡して利益をいっぱい手に入れていました。しかし、自分がより良い立場に立ち、より多く利益を得ることは、他の人により多く損を与えることでもあります。自分がこうして生きてきた結果、体にさまざまな病気を抱えるようになりました。

  最初に書いたように、2002年のプロジェクトの成功では会社に大きな利益をもたらすことができ、法輪功の素晴らしさをたくさんの人に知ってもらうことができました。

  2003年の年末、夫(同修)と私は法輪功真相の家庭資料センターを設立したいと強く思いました。12月26日、パソコン技術が得意な同修が来てくれて我々に技術を教えてくれました。私と夫は2人ともほとんどパソコンの基礎は全くないのですが、必ず勉強して身に付けたいという意欲だけはありました。初日から自分の頭が膨らんでいるように感じました。短気だった性格も現れ、なかなか落ち着きませんでした。その時、心の中のまだ修煉できていない部分も表に現れ、異なる次元の邪悪が邪魔を始めました。

  その時、自分は心の中でずっと「忍び難きは忍びうる。行い難きも行いうる」(『転法輪』)を繰返し黙読しました。2日目もさまざまな妨害「事件」が起きました。まず洗濯機、冷蔵庫が故障し、私が資料センターを営む技術を身に付けることを邪魔しました。私は落ち着いて、すぐに修理しませんでした。自分の頭の中で、技術を全部習得するには後どれぐらい時間がかかるかということだけを考えていました。3日目に家の石炭コンロ、シャワーの器具と新しく買ったレンジフードファンも壊れました。ここまで邪魔が入っても私は依然として何の動揺もありませんでした。我慢ではなく、これは資料センターに対する旧勢力の邪魔と分かっていたからです。実は、2日後は新年(元旦)であり、新年を父母と一緒に過ごす予定で、兄弟姉妹も私のところに来て一緒に食事をする予定でした。その時、夫(同修)は若干気持ちを抑えきれなくなり、動揺しはじめましたが、自分は何の動揺もありませんでした。年明けまでに技術を身に付けて、早く衆生を救い済度したいということしか頭になかったのです。

  12月29日、同修を見送ってから、仕事のことを済ませて家に帰ったときは夕方7時ぐらいになってしまい、外は大雪でした。夫が故障した家電を点検してくれた時に、壊れたはずの家電は直っていました。師父の言葉を思い出しました。「実際はその通りです、みなさんお帰りになってから試してください。本当の劫難に直面したとき、あるいは関門を乗り越えるときに、試してみてください。耐え難いものを耐えてみてください、乗り越えそうにないと見えても、行い難いと言われても、本当に出来るかどうか試しにやってみてください。もし本当にやり遂げられれば、きっと『柳暗花明又一村』と気づくに違いありません」(『転法輪』)。

  2004年から、たとえ夫と出張した時にも、あるいは営業の仕事でどこへ行っても、そこで真相の資料を作成しました。当時、私たちは衆生を救い済度する責任の重大さをはっきり知っており、資料センターが設備や資金で困っている所を援助しました。法をよく学ぶと利益に対する欲望は薄くなり、衆生を救い済度することに対する思いがますます大きくなるのです。実に、師父に教えられた通りにやり遂げたら、私たちは心身ともにとても元気になっていたのです。周りの親戚や友だち、同僚、近所の人もほとんど大法がすばらしいと分かってくれ、法を実証する時にも手伝ってくれるようになりました。そして、その中のたくさんの人たちが脱党しました。最も嬉しいことは、一部の縁がある人が大法の修煉を始めたのです。

  夫(同修)と力を合わせながら資料を作り、衆生を救い済度することは私のさまざまな執着心を捨てる修煉の場でもありました。私たち2人は修煉を始める前はできるだけ自分の顔だけを綺麗にして、常人から「綺麗ね!」と言われると何よりもニコニコして、毎日他の人の前で自分を見せ、綺麗ねと言われたかったのです。それだけではなく、男女関係もあいまいであり、お互い心を傷つけて、婚姻生活も崩壊のぎりぎりにまでなっていました。しかし、法を学習し続け、夫婦はどうして仲良くするのか、なぜ夫婦になったのかを知ることになりました。夫婦生活も非常に穏やかで和やかになりました。師父が言われた事を感じ取りました。「将来、高い次元で修煉する時になれば、私が教えなくても、どうすればよいかあなた自身が分かります。そのときは違う状態が現れてきますが、和やかな生活を保てれば結構です」(『転法輪』)。

  わたしたちの偉大な師父に感謝します! わたしたち2人を地獄から救い出し、償うべきわたしたちの満身の業力を除去し、刻々にわたしたちのために心配してくださいました。私たちは自分が先史(大昔)に約束をしていた願いをやり遂げれば、修煉の道を歩み遂げ、真の悟りを得ることができます。

 偉大なる師父に感謝します! 同修に感謝します! 合掌

 (明慧ネット第五回中国大陸大法弟子修煉体験交流会)

  2008年11月17日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/11/4/188768.html
(英語:http://www.clearwisdom.net/emh/articles/2008/11/13/102241.html