国連拷問禁止委員会、中共の拷問問題を審査
(明慧日本)国連拷問禁止委員会(United Nations Committee against Torture of the United Nations)は2008年11月3日〜11月21日にジュネーブで第41回会議を開き、7日と10日は中共の拷問問題を審査する日になった。「法輪功人権」をはじめ19の人権団体は中共が拷問を行うことに対して強烈に非難した。
「反拷問条約」は八つの世界人権条約の中の一つで、1987年から正式に施行されるようになった。中共は1988年にこの条約に署名していて、書かれてあるすべての拷問を防止、制止し、拷問を行った者を処罰し、拷問被害者に弁償をすることなどを、法律上の義務として執行しなければならない。
国連拷問禁止委員会は「反拷問条約」の執行機構であり、全署名国は4年ごとに1回レポートを 国連拷問禁止委員会に提出し、審査を受ける義務がある。
中共の第1回目の報告は六四虐殺が原因で、提出期限を1993年まで延期し、その後、1996年と2000年に提出された。3回の審査に於いて、拷問禁止委員会は繰り返し労働教養所で、政治犯などが拷問されている問題を指摘した。2004年に中共は法輪功を残酷に鎮圧していることがわかり、ごろつきのような手段で報告を提出しなかった。これに対して、拷問禁止委員会は国連人権理事会に告訴を提出しようとするところまで再三に催促したところ、中共はやむなく2008年の報告を提出し、第41回国連拷問禁止委員会で審査を受けることになった。
中共の2008年の報告は国連のサイトで公表されたが、是非を転倒した内容ばかりで、世界の各人権団体から反感が起こり、延べ19の人権団体が報告を提出して非難した。それに対して、第41回拷問禁止委員会の会議で審査を受けたほかの六つの国に対して提出した評論報告は合わせて12件だけだった。これらの非政府組織が各国政府の報告について書いた評論報告は「影報告」(Shadow Report)と呼ばれ、慣例によって、国連拷問禁止委員会は「影報告」を国連の正式書類として登録し、審査をするときの重要な参考資料にする。それとともに中共の2008年の報告に対して、拷問禁止委員会は11ページも問題を厳しく書いて提出した。これらの内容は全部国連のサイトに載せられることになる。(http://www2.ohchr.org/english/bodies/cat/cats41.htm中国語の欄をご覧ください)
墨で書いた嘘は血で書いた事実を隠せない
1999年から、中共は公に「法輪功を徹底的に全滅する」という政策を公布して以来、法輪功学習者は最も残酷な無数の拷問で迫害されてきた。それによって、法輪功人権及び配属の良知基金会は正式に国連拷問禁止委員会に「影報告」を提出した。(http://www2.ohchr.org/english/bodies/cat/docs/ngos/CFFalunShadowReport_China_cat41.pdf)
この報告の中で「法輪功人権」は、最初に明白に中共の2008年の報告の中で「一歩進んで、有効的に立法、行政と司法対策を使って、拷問行為を防止する」という言い方は世界を騙す手管だと指摘した。紙に書かれた「一歩進んで・・」は実情が急激に悪化したことを覆い隠しただけで、繰り返し使う「紙上進歩」の手管は徹底的に暴露と非難をされるべきだ。中共が「立法、行政及び司法対策」という事に対して国際人権はどうやって、正確に人権問題に答えるべきか、どうやって人権の法律の骨組を守るべきか、そして人権違反の犯罪者をどうやって処罰すべきか、完全に分かっていながら、人権違反を行い、やめていない。このような「立法、行政及び司法対策」が進歩とは言えない。中共はあくまで実施する気配がないのである。中共は人権を侵す悪法を作ると同時に人権を守る嘘の法を作ったことで、中共は全然法律を守らないことがわかるのである。「立法、行政及び司法対策」はただ国際社会からの非難を避ける嘘なのである。
「法輪功人権」は報告の中で事実をあげて、国連拷問禁止委員会に中共が法輪功学習者に行った残酷な迫害を実証した。2000年から法輪功学習者は系統的に国連人権特派員に中共に迫害された法輪功学習者のケースを提出してきた。国連特派員は中共に数千件の質問をし、答えを求めた。中で、虐殺されたのは千件を超えた。中共はこれらの学習者は「自然死」だと言い逃れようとしたが、拘禁期間に死亡したのである。これは「法輪功人権」が提供した資料は正確だということを実証した。
1999年以後、中国から逃れた千人ほどの法輪功学習者の体にはまだ拷問をうけた傷が残っている。海外華人の中国にいる親戚も法輪功を修煉するために拷問をうけた人も数千人いる。「法輪功人権」は何人もの被害者の名前をあげて国連と各国政府に法輪功学習者が中国で受けた残酷な迫害を実証した。中国から逃れられる学習者の比率は極めて低い。中国人の中で海外に親戚がいる人の比率も極めて低い。これらの被害者たちは中共の残酷な迫害の直接証人であるだけでなく、その数も迫害の規模の大きさも実証した。
中共は法輪功学習者を拷問虐待する命令を下した
「法輪功人権」の報告によると、この迫害は中共当局の政策として行われたということである。この政策は憲法違反であるだけでなく、何の法的手続きもなかった。中共は1999年7月から法輪功を弾圧し始めたが、10月になって初めて「人大」によって、いわゆる法律の根拠をでっちあげた。これに対してワシントンポストは1999年11月2日に、「中共のトップは平和な修煉団体を厳しく弾圧する『法律』がないことに気付くと、その党は新しい法律を作るように命令した。もちろんこれらの法律は過去に遡って効力を発生する。それを基準にすれば、スターリンは民権を厳しく守ったといえるだろう」と書いた。
中共が公に法輪功を弾圧する目的は「法輪功を徹底的に全滅する」ことであると宣伝した。その一方中共はただ「ごく少数の人」を処罰したと嘘をつき、国際世論を騙そうとした。処罰した原因は法輪功を修煉するためでなく「法律違反行為」があるので処罰したと言っている。しかし、拘禁された何百万人の法輪功学習者は、法輪功を放棄すると宣言したらすぐに釈放される。世の中にどんな「法律違反行為」を放棄することを宣言することだけで無実で釈放してもらえるだろうか。中共は繰り返し「法輪功に対する闘争は根本的な勝利を得た」「98%の法輪功学習者は教育で転向した」と宣言した。その数字がいかに馬鹿な話かは後にして、中共の宣伝はちょうど法輪功を弾圧する目的は「転向」つまり強引に法輪功学習者に信仰を放棄させることであり、絶対に「法律違反行為」を処罰することではないということを証明した。
中共は法輪功学習者に拷問を行うように指令したのはわざと「反拷問条約」に違反したことになる。江沢民は残忍に「法輪功にはどんな手段を使ってもよい」「名誉を潰し、経済を断ち、肉体を消滅せよ」と命令した。「610弁公室」は法輪功学習者を虐殺したら自殺にすることにし、学習者を「転向」させた邪悪な警察を奨励するよう命じた。邪悪な警察を集めて、拷問のやり方と拷問を行うのに使う道具について交流させた。中共の命令と金銭の奨励の誘惑に各級政府は法輪功学習者に対してあらゆる邪悪な手段を使った。不法に学習者を労働教養したり、いろいろな名前をつけて「洗脳班」「法制教育センター」を作ったり、法輪功学習者を精神病院に拘禁して、迫害を加えた。その上弁護士が法輪功学習者の弁護を受け入れることを禁止し、法輪功学習者のために弁護をした弁護士を迫害し、拷問で弁護士を虐待した。中共は署名国として、「反拷問条約」を遵守する義務があるにもかかわらず、さまざまな手段で随意に拷問を押し広めたことは根本的に「反拷問条約」に違反したのである。
中共は幾多の「反酷刑条約」に違反した
「反拷問条約」第3項には署名国は拷問のある国に人を送還することを禁止している。しかし、中共はカンボジア政府に2002年8月に国連難民資格を持つ法輪功学習者・張新義さんと夫の李国軍さんを逮捕し、送還することを教唆し、2007年3月にロシア政府に法輪功学習者の馬慧さんと娘さんを送還させ、5月に法輪功学習者の高春満教授を送還することを教唆した。2007年2月に14歳の趙悠然さんが北京からニューヨークに冬休みキャンペンに参加に来て、法輪功学習者のおじさんとおばさんに連絡するとき、中共の工作員は趙悠然さんを空港まで連行し中国に連れ戻そうとしたが、アメリカの空港警察が干渉したので陰謀は思うようにならなかった。
「反拷問条約」第4、11、12、13、14項には署名国は必ず拷問を行う者を処罰し、暴露し、被害者に弁償することになっている。しかし、中共は拷問を行った邪悪な警察を処罰するどころか、拷問を暴露した法輪功学習者を倍にして迫害した。たとえ特殊な状況で国際社会の巨大な圧力のもとで個別の邪悪な警察を処罰しても、被害者は引き続き拷問されたのである。2005年11月24日、河北タク州で2人の法輪功学習者が邪悪な警察に連続強姦された。これは国際社会を無視した悪質な事件であり、その時ちょうど国連酷刑問題特派員が北京で考察しているところだった。「法輪功人権」は素早くこのケースを国連に出した後、国際的圧力が強かったので、中共は仕方なく強姦事件を認め、邪悪な警察官・何雪健を8年の刑罰に決めた。しかし、2人の被害者は補償を受けるどころか迫害を続けられただけではなく、被害者を助けた法輪功学習者の任宝坤さんは不法に労働教養された。
最も恐ろしいケースは高蓉蓉さんが迫害によって死亡したことである。高蓉蓉さんは2004年5月7日に2人の邪悪な警察に7時間も電撃され、顔が壊されてしまった。このケースは国際社会に知られた後、610弁公室は高蓉蓉さんが死んでも釈放してはならないと命令した。2004年10月5日にほかの法輪功学習者が助けたおかげで高蓉蓉さんは邪悪警察の魔手から逃げ出すことができた。中共は虐待を行った邪悪警察を処罰しなかったばかりか、全国に指名手配をし、高蓉蓉さんを再逮捕しようとした。国連拷問問題特派要員は2004年8月30日に高蓉蓉さんのケースを持って中共に緊急交渉を提出した。2005年3月6日に高蓉蓉さんは再び逮捕され、6月10日に死ぬまで虐待された。今になっても、高蓉蓉さんを助けた何人もの法輪功学習者は拘禁され、迫害されている。
「反拷問条約」第16項には署名国は残忍な待遇を禁止することになっている。しかし、中共は法輪功学習者に対して残忍な「生きたままの臓器摘出」を行った。国連拷問問題特派員と信仰自由特派員は2回も中共に2000年になって急激に増えた臓器移植手術の臓器の元は法輪功迫害にかかわりがないかどうかの説明を要求した。
中共拷問暴力集団は暴力文化を導いた
「法輪功人権」は報告の最後に中共は拷問で法輪功、チベット佛教徒、家庭教会、異議者などを迫害することを教唆している。拷問を慣用する専制器械は必ず拷問を濫用することにつながり、被害を蒙るのは間違いなく全社会である。事実で証明されたことは最初に法輪功学習者に使った様々な迫害手段はもう普通の庶民にも使うようになった。例えば、乱暴に「上訪」を断つことは数年前「上訪」の法輪功学習者に加えた迫害の複製品であり、「訪民」を拘禁する「法制学校」は「洗脳センター」の真似であり、弁護士は強引に部屋を取り壊された被害者や、地震に遭った被害者、三鹿毒ミルクの被害者からの依頼を引き受けることを禁止されたのは法輪功のケースを引き受けることを禁止されたと同じやり方である。やくざを手先として雇用するのも天安門広場で法輪功学習者に暴行を行ったやくざから学んだ。中共の統制により、社会の矛盾が日増しに鋭くなっていき、各級政府が社会問題を解決する手段は日増しに暴力化してきたことは中共が拷問や暴力を広める悪果の一つである。中共政権自身は拷問に縋って庶民を恐喝し、異なった意見をとりのぞいているのである。
中共は拷問を行い法律と社会正義を随意に踏みにじることで、社会に最も悪い道徳の手本になり、庶民たちは国家制度に不信任の態度を持ち、恐ろしい暴力文化が社会で氾濫した。真っ先に被害を蒙るのは抵抗力と保護能力の弱い児童である。四川地震で死んだのは主に小学生であり、毒ミルクの被害者は赤ちゃんであり、それに幼年工、幼年売春婦など。しかし、子供のために呼びかける声は日増しに暴力によって、脅かされ、圧制されている。
中共を国連人権理事会から追放する
最後に報告は明白に「中国(中共)政府は深刻にわざと公約に違反した行為を国連人権理事会に報告した。人権理事会は中国(中共)政府が人権理事会から席を外すことを勧める」と宣言し。良知基金会及び「法輪功人権」は厳重に国連拷問禁止委員会が中共の拷問問題に対する審査に配慮し、特派員及びほかの国連職員とさらに連絡をし、どんな時でも必要な真実の資料を提供する。
2008年11月20日
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/11/8/189427.html)
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