饅頭を食べる物語から真相伝えと三退を勧めることを連想する
(明慧日本)私と妻は若い大法弟子です。2007年から法を得て修煉し始めました。われわれは個人修煉と衆生を救い済度する正法修煉が一緒になっています。私と妻は常に三退を勧め、真相を伝える時の感受を交流しました。今日私はこの中の感受と体験を書いて同修と交流したいと思います。
私は以前にこの物語を聞いたことがあります。ある人はお腹が空いたので1個の饅頭を買って食べました。1つでは足りなくてもう1個買って食べました。2個食べた後そんなにひもじい感はありませんでしたが、腹いっぱいではありませんでした。そこで彼は3個、4個、5個食べました。5個の饅頭を食べた後お腹がいっぱいになりました。その時彼は5個の饅頭を食べてお腹がいっぱいになる事が分かっていれば、最初から5個の饅頭を食べたほうが良かった、金も節約し、手間もかけなかったのにと考えました。もちろん皆さんもこれが滑稽な話であることを知っています。でも私はこの物語から真相を伝え、三退を勧めることを連想しました。
多くの同修はいろんな方式で、いろんな場所で、自分の特長を発揮しながら真相を伝え、三退を勧めて衆生を救い済度しています。ある同修はビラを配り、ある同修は標語を貼り、ある同修は直接面と向って真相を話し、ある同修は世人の善の念を啓発します。いろいろなことから1回目の真相を伝え、三退を勧めた時は予想の結果に達しておらず、或いは真相を話すタイミングを逃がして、完全に真相を伝え、三退を勧める目的に達しませんでした。当時効果がどうなっているに関わらず、同修達の様々な真相を伝える方式を通して、世人に初歩的な印象を残し、ある程度世人の善の念を啓発しました。世人が次の段階に救われるために良い基礎を修めました。まるで救われる人に1個、2個の饅頭を食べさせたかのようです。再び他の同修から真相を聞いた時、この人は救われるのです。
一例を挙げると、ある日台所の電灯が壊れました。私と妻は何回も直そうとしましたができなくて、家電を修理する人に電話をしました。その時私と妻はこれはたぶん師父が縁のある人を救われるように按排されたと感じ、そこで彼が来る前に私たちは一緒に発正念をし、彼の背後の一切の邪悪の要素を取り除きました。彼が来てからずばりと本論の三退の事を言いました。私は「劉さん三退の事を聞いたことがありますか」と聞いたら彼は滔滔としゃべりました。この前他の家で家電を修理する時、数人のおばさんが三退のことを聞かせてくれ、三退に関するいろいろな資料ももらいましたと話しました。私と妻は流れに沿って舟を進めるように、二言三言話しただけで順調に彼を手伝って三退をさせました。
この類のことは何回も触れました。毎度面と向って真相を伝え、三退を勧めるとき、多く人は前聞いたことがある、真相を伝える電話とか資料とかをもらったことがあると言い、彼らに直接面と向って三退の事を話した人があったと話しました。私と妻はこんなことを話し合う時、私たちは同修達がうまくやっているのを感じました。同修達が彼らに三退のことを話し、真相資料を渡して彼らを救い済度するためによい基礎を修めてあげたからこそ、今日の三退がこんなに順調だったのです。
私がこの文章を書く主な目的は、同修達が真相を伝え、三退を勧める時自信を持つべきだということです。1回目に予想の目的を達成できなくても自信を失ってはいけません。われわれがいろんな方式で真相を伝える過程は、まるで世人に絶えず饅頭を食べさせるようで、彼が5個の饅頭を食べる時は、自然に救われるのです。大法弟子は一つの全体で、衆生を救い済度する時の効果も全体の現れです。師父が説かれた一言を思い出します。「この世ですれ違って、話ができなかった人にも慈悲を与えなければなりません。済度されるべき人、更に縁のある人を失わないでください」(『2003年アトランタ法会での説法』)大法弟子は各種の方式で衆生救い済度する過程で、世人の善の念を啓発します。たとえ一言でも、世間の人には深い印象を残しました。世人のために救い済度される機会を作ってあげ、救われる機縁を植えつけましょう。
2009年2月18日
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/2/18/195641.html)
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