夫の不倫が発覚した後
(明慧日本)私はかつて不法に刑罰を下されたことがあります。私が帰ってきてから数カ月間で、偶然に夫の不倫を発覚しました。以前は夫をとても信じており、たとえ獄中にいる間でも疑ったことはありませんでした。このことが分かった後、私はとても理知的に夫と話し合いました。「不倫は道徳が落ちた行為であり、大法弟子の家は仏家の清浄地なので、このような不正な行為を放任することができません。大法弟子はすべての不正を是正するべきです。あなたが事情をすべて話しても、私は過去の事を追及しません。あなたを許します、あなたの本音が聞きたいだけです」と言いました。彼は、私が刑罰を下された2年目に、各部門が集団で香港旅行をしました。そこで同僚の紹介を通じて知り合ったと話しました。その女性は私が刑罰を下されて、夫が独りぼっちで家にいることを知った後、とても同情の意を表しました。悪党の嘘に騙され、真相を知らない多くの人たちは、「法輪功を修煉して、家のことも構わず、愛もなくなった」と誤解しています。そこで、このような不正な恋が存在してしまうのです。最後に彼は、彼女との関係を断ち切って、私に許して欲しいと言いました。
彼の話を聞いて、過激な反応は無かったものの、しかし私はやはり涙を流しました。これは難関を突破するところであると知ってはいるものの、心の中ではとても辛かったのです。「佛教では因果応報を唱えていますが、段取りは業力に応じてなされていますから」(『転法輪』)万事は全て原因があります。多分私に借りのある業力か、あるいは他の原因だったのかも知れません。私が一番嫌なのは夫が自分を裏切ったことです。同修が自分の旦那がどうのこうのと話したときに、いつも嫌な気持ちが生じるのです。私はこの心をまだなくしていません。ですからこのことを按配されたのでしょう・・・。私は心の中で繰り返し考えていたので、法に従って照らし合わせるようにしました。しかし、気持ちはまだまだ落ち着きません。彼が出勤していなくなり、私は学法しようとしましたが専念できません。そして私は大法の歌を聞き、情に動じられた心を浄化しようとしました。すると気持ちがだんだんと静まり、これからは追求する事をしないと決心しました。
数日後、二人は再び連絡を取り合いました(関係を断ち切るために行ったのかもしれません)。私はこの事を知った後、落ち着いた心がまた動じました。実は、自分の心を本当に放下していないからです。心性をしっかりと守れず、彼と離婚しようと思っていました。さらに「彼のリーダーに知らせて、私が法輪功を修煉しているために離婚したのではなく、彼が不倫をしたためだと言う」と警告しました。その上また、「私は彼女本人と会って、彼女の夫、子供と一緒に話をする」と言いました。こうして、常人の闘争心、報復心すべてが立ち上がりました。夫は師父の法像に向かって「今後、断固として関係を断ち切る」と誓いました。私は、もう彼の言うことを信じたくなく、本当に辛いものでした。私は繰り返し師父の経文『真修』を暗唱しました。「実は、皆さんは常人の中にある名(みょう)、利、情が傷付いて苦悩を感じている時、すでに常人の執着心を放下できずにいるのです。 皆さん、必ず覚えておいてください! 修煉そのものが苦しいわけではありません。 肝心なことは常人の執着を放下できずにいることです。 あなたたちの名、利、情を放下しようとする時にこそ、苦しいと感じているのです。」この部分を暗唱して、師父の慈悲なる済度に申し訳ないと深く感じました。そして泣き始めました。心の中で「師父! 私は常人の執着心を放下できずに苦しんでいます。師父に加持していただきたいです・・・お願いします!」と、話しました。
師父の説法「皆さんもご存じのように、羅漢の次元に達すると、どんなことに遭遇しても心にかけず、常人の中のどんなことも全然気にとめず、常ににこにこしています。 どんなに大きな損をしてもにこにこして平然と笑っています。本当にそれができれば、あなたはもう羅漢の初級果位に達していることになります」。(『転法輪』)を思い出しました。そして、私は繰り返し自分に質問しました。「どうして私はいつも心にかけるの? もし明日円満成就だとしたら、師父が私を連れて行かれるときに私は付いて行かないの? 人間の世界は大きい染めもの甕のようで、もし師父が法を伝えて人を済度されることがなければ、私達のすべてが駄目になります。師父が私達を連れて行かれる道は人から神になる道であり、私は師父について前進するしかなく、決して後退しません。」ここまで思ってから心の中が大分明るくなりました。突然、数日前の朝起きてからのことを思い出しました。その時、突然4つの大きな文字が私の目の前に現れました「海納百川」(訳者注:海がすべての川を受け入れるにはそれなりの容量がいる)。これは師父がとっくに私に啓示して下さっていて、容量を拡大しなければならないということではないでしょうか? 私は修煉者として、なぜ普通の常人と意地を張るのでしょうか? 私の使命は衆生を救い済度することであり、身の回りの不正なものに対して善を勧めればいいのに・・執着する必要もないのに・・なぜ私はこのように執着するのかと、深く考えてみると、やはり自分自身に「情」があり、彼を1人の普通の衆生として見ていません。さらに私利の立場に立って問題を見たわけです。なぜ他人の同じようなことに対しては心が動じないのに、自分のことになったらこのように悩むのでしょうか? 自分が繰り返し内に向かって探すことにより、激動していた心はやっと落ち着きました。本来は闘争心をもって彼女と口論しようと思いましたが、大法に目覚めさせられて、いつの間にか彼女に対して同情していました。
私は慈悲の心を持って、彼女を普通の衆生と見て救おうとしました。彼女の所属部門へ行って彼女と会いました。自己紹介してから、意図を説明しました。他人に邪魔されないように、私達は歩きながら話しました。彼女は私に敵意がないと分かって、2人が付き合った全てを私に話しました。私も彼女に「不倫は双方の家庭に不幸をもたらせると社会に不良な影響を与えます。そして私達は皆自分の家庭のために責任を負わなければなりません」と話しました。彼女に法輪功を理解させるため、師父が人々を良い人にしなければならないと教えてくださったことから話し、自分が受益したこと、大法がいかに私を変え、私がどうして法輪功を修煉するのか、法輪功を修煉する人達は決して不倫をしない、などのことを全部言いました。私には優しい心があり、他人のために考え、彼女の立場に立って問題を考えたため、私達の雰囲気もとても和やかになりました。彼女は大法のすばらしさを感じました。彼女は以前、国外からの真相電話を受けた事があると話しました。その日の一晩で、彼女はずっと最後まで聞き終わりました。これからは自分も修煉の道を歩むかもしれないと話しました。また彼女は党員だと認めて、私が「三退」のことを手伝ってあげることに対して感謝しました。彼女によく分からせるために、私は彼女に『九評』をあげました。そして自分だけではなく、親族にも良く見せるようと話しました。彼女はとても感動しました。もともと私は、彼女と会ったらきっと大喧嘩をして罵るだろうと思っていました。師父は「殴られても殴り返さず、ののしられても仕返さない、どのような環境の中でも他人に良く対応し、善意を持って付き合うべき」だとおっしゃいました。もし私は大法を修煉していなければ、過激な方法をとるかもしれません。私達、法輪功修煉者には敵はいないと話しました。私がこのように彼女に話をすることは、大法を実証することであり、自分を実証することではありません。もし私が修煉しなければ、きっとこんなに高い境地はないはずです。私は修煉者だから師父の要求に従わなければなりません。このようしてようやく向上することができると思いました。別れ際に、「過去はすべて私達が悪かった!! これからは彼とこのような関係を断ち切ります」と話しました。そして私は、何かあったらわが家を訪問するようにと善意の気持ちで誘いました。
この事を通して、私は悟りました。心から他人のために考えたならば、すべてが変わり、良い方向に発展します。自分がこの心を放下できたからかもしれませんが、それから、彼らはずっと連絡を取っていません。それどころか、私が大法を修煉することを支持してくれます。また夫は「法輪功修煉者以外に、世の中に善い人はいないよ」と言いました。
2009年2月19日
(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/2/1/194546.html)
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