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人文芸術センターの責任者:天国だけにありそうな公演(写真)

(明慧日本)2009年3月9日、神韻の台中での最終公演はいつも通り満席であった。台中では7回の公演でおよそ2万5千人の観客を迎えた。観客は中国5千年の文化の輝きを感じ、生命の意味を考える人もいた。さらに、元々いろいろな宗教に興味を持っていたが、神韻を見た後、自分の将来の方向を決めた観客さえ現れた。

 文化局の副局長:神韻は生命の意味を教えてくれた

 初めて神韻を見た彰化県文化局副局長の陳允勇さんは、最初の演目である「五千年文化の開創」に激震された。彼は、神韻が伝えるのは中華文化だけではなく、生命の意味も提示していると話した。「公演が始まって最初から、人は天上からきたのだと話していました。人生は非常に短い過程です。その過程で、神様が私たちにやるべきことを教えているのが分かりました」。

彰化県文化局副局長の陳允勇さん

 2時間半の鑑賞を通じて、陳允勇さんは一番目の演目で生じた疑問の答えが分かるようになった。「『真相を知ることは救われる希望』という演目を見て、どうしても人の最後は天国に返るべきだと思いました。神様は我々に教示されました。特に今の時代、人々は精神的な面と物質的な面でいろいろ苦しんでいます。神韻公演を通じて、神様はいつも我々の心の中にあるのが分かりました。神韻はいろいろな方面で人を助けています」。

 陳允勇さんは神韻の高度な専門性も高く評価した。「舞台上の公演とバックスクリーンがよく組み合わさっています。別の公演ではあまり見れないものですね」

 「迫害の中で私たちは神の道を歩み続ける」も陳允勇さんに深い影響を与えた。「心の中に神様に対する感謝の気持ちを持っていると、不幸などに出会ったとしても恐れることはないでしょう」。

 「文化局という部門の主な役割は、百姓のために働く事です。今のような精神と物質の両面で苦しんでいる時代に、精神的に何か頼りがあるのは非常にいいことですね」。

 人文芸術センターの責任者:一つの声が私を呼んでいる

 張先生は台中で心霊教室を運営すると同時に、中国音楽カリキュラムを設置している。骨董品と文化書籍の収集が好きな彼は、承徳人文芸術センターの責任者である。張先生は、神韻は別の信仰を宣伝する公演と違って硬くないと評価した。「神韻公演を見て、何かのメッセージを受けました」

承徳人文芸術センターの責任者の張先生

 「喧騒の世の中で、神韻のように俗離れした公演を見るのはめずらしい事です。修煉について敢えて話そうとはしません。ただその方向に向いて歩いているだけです。一つの声が私を呼んで、これは正しい道だと教えているみたいでした」。

 「激震を受けました。世の中に来て私たちはすでに疲れています。ずっと正しい道を探すことが出来ずにいましたが、神様がいることは固く信じていました。いろいろな宗教にも入ってみましたが、今日のような感動を受けたのは初めです」。

 「神韻のアーティストたちは心を込めて公演しています。名声や利益のために働いているのではありません。別の劇団ではあまり見ることが出来ない光景です」

 張先生はアーティストの動作を注視して、その動作が表す意味は世の中にあまりないことを知った。「めったに見れない動作です。神様の加持があると思います。俳優の表現は天真爛漫としていて、本当にめずらしいです」。

 竹工芸家:修煉のレベルが非常に高い

 大工と化学技術を結合して、「大禾竹工場」を創立した劉文煌さんは台湾の有名な竹工芸家である。この二年間、彼に神韻を勧めた人は多くいたが、いろいろ事情があり、神韻の鑑賞がなかなか出来ずにいた。修行者である劉文煌さんは今回神韻を観て深い感動を受けた。

「大禾竹工場」を創立した台湾の有名な竹工芸家である劉文煌さん夫婦

 劉文煌さんは、神韻が文化的な意味で、最も重要な「霊性」を十分に表現して、人間本性のすばらしさを感じさせると話した。「いろいろな神様が、衆生を済度するため下界に下りました。衆生は平等なのです。ただ一時的に世の中の現象に惑わされただけです」。

 「アーティストたちは非常に専門的で、真剣に表現していました。彼らが心を込めて公演したからこそ、雑念のない純粋さが表現され、観客を感動させるのです」。

 「これほど雑念のない純粋さを持っていると、どの業界に入っても仕事がうまくできるでしょう。内に向かってよく探すべきです。外に向かって探していてはできません。あなた自身が佛様ですから、内に向かって探しているのです」

 彼は公演を通じて、万物が佛性を有しているのが分かった。「最初から、人々は世の中の現象にごまかされていて、執着心を全部捨てたら佛様になれると教えてくれました」

 劉文煌さんは、制作過程とバックスクリーン技術および衣装などにも興味津々であった。また、公演中に発散される不思議なエネルギーに対しても感無量であった。「それらの魂は非常に優秀であり、修煉の次元が高いのでしょう。そのため、このような素晴らしい公演ができるのです」。

 2009年3月14日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/3/9/196860.html