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拉致された大連の法輪功修煉者3人が、一年の労働教養刑に

(明慧日本)2008年12月2日、大連市と金州区の警察所、及び金州区亮甲店派出所の警官は、登沙河芸写真館で仕事中の法輪功修煉者、閻寿林さん・陽春媚さん夫妻を拉致し、閻寿林さんは彼らの殴打によって、その場で肋骨を折られた。また12月4日、派出所の警官らは法輪功修煉者・張軍さんを拉致しようとしたが失敗したため、理不尽にも張軍さんの妻である法輪功修煉者・苗玉環さんを拉致した。2009年1月6日、何ら法的手続きを経ていないにも関わらず、家族の同意署名もないまま、閻寿林さん、陽春媚さん、苗玉環さんら3人は、不法に労働教養刑に処せられた。

 2008年12月2日、大連市警察所、金州区警察所、金州区亮甲店派出所の警官7人と私服警官8人がグルとなって、登沙河芸写真館に不法進入し、閻寿林さんと陽春媚さん夫妻を拉致した。目撃者は「数名の私服警官が閻寿林さんを囲み、一人の警官は頭を殴り、一人の警官は両足を踏み潰していた。もう一人の警官は、彼らの全身に殴る蹴るの暴行をしていた」と証言。このようにして、閻寿林さんの肋骨は折れられたのである。私服警官は、チンピラのように閻寿林さんをパトカーに投げ入れた。閻寿林さんは、数名の私服警官にパトカーまで引きづられ、着ていた服は破られ、強制的にパトカーに押し込められたのである。

 ヤクザ社会の用心棒とも評され、まるでチンピラのように野蛮な中共の支配下での行為によって、法輪功修煉者が拉致されていく場面を、登沙河芸写真館の前に集まった多くの民衆は目の当たりにした。民衆は「彼らがやっていることは、強盗と何も変わらない」と怒りをもって述べたのである。

 事件の二日後の12月4日、同じグループの警官らは、張軍さんを拉致するため、123中学にやって来た。張軍さんは外出で不在だったため、学校にいた彼の妻である苗玉環さんを拉致した。閻寿林さんは金州留置所に不法拘留されており、陽春媚さんは大連戒毒所に入れられ、それから大連姚家留置所へと移送された。張軍さんは路頭に迷う生活を強いられることとなった。

 3人の法輪功修煉者の家族は、受けなくてもよい苦痛を受けなければならなかった。閻寿林さんの父親は、息子夫婦を救い出す良い手立てがないことからこみ上げてくる怒りとショックが原因で、病気になって寝込んでしまい、家で毎日点滴を受けている。年老いた母親は、息子夫婦のことを心配しながら、病気になった主人と11歳になる孫の面倒を見なければならない。幼い子供は、両親と一緒に生活できない苦しみに耐えなければならなかった。両親に会いたくても会えないため、抑鬱的になり、祖父と同様、病気になってしまったのである。

 張軍さんの父親は高齢の上、半身不随であり、人の介護を必要としている。母親は心臓病を患っており、ポケットにはいつも救急用の救心薬を入れていた。張軍さんの母親は、嫁の苗玉環さんと面会するために派出所に行ったが、警官・呂志強らに無理やり追い出され、悪意を持って叱責されてしまった。

 苗玉環さんの娘・浄蓮ちゃんはまだ3歳である。にもかかわらず、ママは不法に拉致され、パパは路頭に迷う生活に追い込まれた。浄蓮ちゃんのママを帰してもらうために、亮甲店派出所、金州警察大隊、大連警察大隊への往復50キロメートルの道のりを、年配の母方の祖父と祖母は浄蓮ちゃんを抱いて歩かなければならなかった。真冬の中で非常に寒かった。浄蓮ちゃんは、ママの胸の中で抱かれ、家族が団欒できる幸せな生活をきっと望んでいるに違いない。

 しかし、亮甲店派出所の担当者・呂志強と大連警察、金州警察は互いに責任逃れをし、どこも浄蓮ちゃん達を相手にしようとしなかった。このように、訪ねてきた家族に対しては、この度の事件への説明もなかった。2009年1月6日、浄蓮ちゃんは祖父、祖母、親族一同と金州警察を訪れ、警察大隊長・周軍とこの件の担当者・呂志強に対し、母親を返すよう求めた。彼らは「苗玉環さん、閻寿林さん、陽春媚さんら3人を一年間、労働教養所へ送るよう決定している。すでに、苗玉環さん、陽春媚さんは馬三家教養院に送り、閻寿林さんは大連の教養院へ送った」と告げた。

 3人の法輪功修煉者に不法な労働教養刑が下された時、家族には何の通知もなく、苗玉環さんの家族らは署名さえしなかった。苗玉環さんの家族は警察大隊長・周軍に電話をかけ「何の罪で苗玉環は一年の労働教養刑に処されたのか」と尋ねると、周軍は何も答えないまま電話を切った。周軍は仕事が終って帰宅する際、公安庁舎のロビーで、苗玉環さんの家族とばったり出会った。しかし、彼は逃げ足で帰って行った。

 中共は「真・善・忍」に基づいて自分を律する善良な人たちを間違いなく迫害している。法輪功修煉者の幸せな家庭生活を破壊し、家族までも引き裂いている。その現状は、言葉では言い表せないほど悲惨なものである。

 2009年3月17日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/1/10/193280.html