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安徽省合肥の法輪功修煉者・章秋紅さんが迫害され死亡した経緯の補足

(明慧日本)安徽省合肥市安慮陽区の法輪功修煉者・章秋紅さん(60)は、不法に連行、監禁、拷問されたことにより、2008年10月18日、冤罪が晴れないまま死亡した。迫害に加わったのは、合肥市安慮陽区公安局警察大隊、杏林派出所及び検察院、合肥市杏林居住区委員会書記などが迫害に対する指令を下していた。

  章秋紅さんは、合肥市炭鉱設計院社宅の601号室に住んでいた。大法が迫害に遭ってから、陳情する目的で北京を訪れた際、邪悪な党の人員等に連行された際、長時間全身に電気ショックを加えられ、意識を失った章さんは北京の郊外に放置された。2005年10月16日、章さんの一人娘が死亡した直後であるにも関わらず、安慮陽区公安局警察隊長・王ルは指示を出し、公安居住区委員会、設計院の人員等と、章さん宅に不法に侵入して連行しようと企んだ。章さんは危機一髪で回避できたが、放浪生活を余儀なくされ、悲嘆にくれている夫の身の回りの世話は出来なくなった。

  2006年1月15日、章さんが帰宅したところ、情報を聞きつけた王ルが、再び連行を企み、大勢の警官を引き連れて章さん宅に侵入した。章さんは再び彼等の手中から逃れることに成功したが、前回と同様、放浪生活に追い込まれた。 

  2008年6月20日の深夜2時ごろ、王ル等が鍵をこじ開け、就寝していた章さんを連行した。章さんは長期にわたるハンストをもって迫害に抗議したため、生命の危険に晒された。悪辣な警官は章さんを合肥第一人民病院に移送した。同病院は、法輪功修煉者に対する迫害に積極的に参与している。2002年の第16回全人代の期間中に捕えた修煉者の総てを、この病院に閉じ込め、迫害で気を失った修煉者には医療を施し、意識が戻れば、また迫害するということの繰り返しであった。病院に運ばれた章さんも昏睡状態が続き、警官は責任を追及されるのを恐れ、2008年7月17日、家族を迎えに来させ、章さんを自宅にかえした。

  家に戻った章さんを待ち構えていたのは、圧力に屈した夫に離婚を言い渡されることであった。炭鉱設計院の姚嵐峰副書記と杏林居住区委員会の劉文龍書記、陳敏副書記等が結託して1日中、章さんを監視し、その私生活を妨害した。(この事実は杏林居住区ホームページ「オリンピックを迎えるにあたり地域を安定維持するための行動報告書」にも掲載されている)

  また、弟が姉である章秋紅さんの面倒を看ようと、自分の家に連れてきた。その頃の章さんは視力が低下し、意識も朦朧としており、生命の危機を迎えていたにも関わらず、悪辣な警官等は度々電話をし、弟の自宅にやって来ては私生活を妨害していた。

  2008年9月末、慮陽区検察院の2人が、章さんに「修煉しない」との誓約書を強制的に書かせようとした。その目的は「あんたが間違いなく弟宅にいることを証明するため」だと答えた。その後、2008年10月18日午前3時ごろ、章秋紅さんは長期にわたる残忍な迫害に耐え切れず、娘さんが亡くなってちょうど1周忌の日に永眠した。

  (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照) 

  2009年3月26日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2008/12/21/191987.html