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長春市:黒嘴子労働教養所で受けた迫害


文/吉林の大法弟子

(明慧日本)私は法輪功の信仰を固く守ったために、2003年、不法に度々吉林省黒嘴子労働教養所第二大隊に連行され、非人道的な苦難と残酷な拷問をさんざん受け尽くした。長時間睡眠を許されず、罰として立たされ、過酷な重労働を強いられた。朝4時に起き、夜9時まで労働させられた。また指定された受刑者は修煉を邪に悟らせようとして、スタンガンで電撃し、いわゆる「転向」するよう強要した。

 黒嘴子労働教養所に拘禁されたばかりの時、第二大隊の隊長・劉蓮英は偽善的に私に言った、「『転向』してもしなくても、誰もお前を殴らない。間もなくしっぽを出して正体を現すだろう」 2004年4月2日、劉蓮英が当番の時、夜、会議室で「転向」を強要して、眠らせず、罰として立たされ、皮靴で私の足を蹴りながら、大声で罵られた。足が青紫色の痕だらけになった。4月6日、家族が面会から帰るとすぐに、劉蓮英は刑務室で「転向」を強要し、怒鳴りながら、午後ずっと、私をスタンガンで殴った。2日目の午後、大隊長・任楓と劉蓮英にまたスタンガンで脅かされた。全身が火傷して水泡ができた。刑務担当・郎翠もまた暴力的、強制的に「転向」させることに参与した。

 長時間の精神的な圧力、過酷な重労働、残酷な拷問を加えられ、私の身体は日々痩せていき、両足は自由がきかなくなり、5階から降りて食事に行く気力さえもなくなった。私は郎某に一時出所を要求したが、9月4日、彼女らは不機嫌そうに私を病院に連れて行き、検査した。その時、私の足は感覚がなかった。病院から帰っても釈放せず、糖尿病が原因で起きたのではないかと公言し、1カ月後、再検査を行う必要があると言った。

 その時、階段を降りる際に呼吸するのがとても困難で、人に支えられなければならなかった。約1カ月後、労働教養期間が満了になる。刑務員が私に総括を書く必要があると言った。私は労働教養所で受けた迫害、法輪大法は素晴らしい、真・善・忍は素晴らしいことを証明する事実を書き、そして早く釈放するよう強く要求した。劉蓮英はこれを見た後、恨みと腹ただしさで怒り出し、警官・馬天舒に指示して、私に病院の検査の費用500元を払うようにと要求させ、郎某は私が「承知した」と書くよう何度も強要した。私はお金がないので、500元払うのを拒否し、「承知した」と書くのを拒否した。2人の大隊長と馬天舒は私を長春公安病院に連れて行き、身体の検査を強制し、500元を使ったが、釈放しようとしなかった。

 刑期満了になり、義父と娘が迎えに来たが、身体の検査料を払うようにと要求された。義父は正義をふまえ厳しく「うちの嫁はもともと身体は健康で、あなたたちに迫害され、こんな姿になった。あなたたちが払うのは当然です」と言った。任楓、劉蓮英、馬天舒、郎翠などは共謀して私の家族を騙し、あらゆる口実をつくって、不法にもう5日期限を延長しようとしたが、最後500元を払わせ、私を釈放した。 

  2009年5月1日

(中国語:http://www.minghui.ca/mh/articles/2009/4/26/199680.html