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広東省増城市:「610弁公室」が危篤状態の張春河さんを拉致

(明慧日本)広東省増城市の裁判所は、2009年4月8日、9時15分〜10時30分の間に、張春河さんの家族には内緒で、密かに法輪功修煉者・張春河さんの法廷を開き審問した。当時、裁判所内では多くの警官が見張っており、緊迫した雰囲気の中で裁判長・頼肖雲、偽の証人・曾陽初で構成された偽の法廷を開廷した。傍聴席には610弁公室長・王建来、中国共産党荔(レイ)城鎮政府関係者及び鎮党委員会が用意した、20〜30人ほどの傍聴者がいた。そこには張春河さんの家族も、友人も誰一人としていなかった。

 不法な裁判が終わると、張春河さんを再び増城市留置場に監禁して引き続き迫害した。3カ月間の迫害により、張春河さんの体内にできた腫瘤が明らかに大きくなり、下半身から血が流れ出した。心拍数も早くなり時々冷汗をかき、目眩で頭がふらつき、腹痛がおきた。特にこの20日間くらいは、痛みが激しくなり、危篤状態に陥った。しかし増城市の「610弁公室」は、公安、裁判所、検察院と結託して危篤状態の張さんを引き続き監禁し、治療もさせず、家族にも連絡せずに放置していた。

 実は3カ月前から、広州市武装警察医院の主任医師が、増城市の関係者に何度も電話をして、張春河さんの病状は非常に危険で、危篤状態であることを通知していたにも関わらず「610弁公室」はそれを無視していた。

 張春河さんは、大学卒で会計士の免許を持っていて、広州市増城市物協会社・財務課長兼会計担当であった。1994年から法輪功の修煉を始め、心身共にとても健康になり、いつも「真・善・忍」に基づいて自分を律し、他人にはいつも優しくしていた。「7.20」中国共産党が不法に法輪功の鎮圧を開始してから、張春河さんは重点的な迫害対象人物となり、幾度となく不法に拘禁されて労働教育を課せられ、強制的な洗脳を受け、様々な手段で繰り返し迫害をうけた。

 2008年7月23日、張春河さんは通勤途中に連行され、広州市の洗脳班に送られた。当日の健康診断で、張さんの体内にはいくつかの腫瘤があることが発見された。最大の腫瘤は幼児の頭ぐらいの大きさになっており、張さんは危篤状態に陥っていた。

 張春河さんは、広州市の洗脳班から増城市に戻された。610弁公室長・王建来は西園公安出張所と結託して、張春河さんに手錠と足枷をかけた。それによって張春河さんの全身は水腫になって腫れた。危篤状態に陥った後広州市武警医院に護送し、半年間監禁した。

 病院側は張春河さんが病院で死ぬことを恐れていた。病院から離れる前日の夜、医師が治療報告書にサインしてもらっていた。退院の日、医師から驚きの言葉を聞いた。「今日は大丈夫!!(死なない)よね・・今日あなたを退院させます」と言った。張春河さんは、何時死んでもおかしくない状態だった。

 (注:法輪功修煉者を迫害している主要な責任者らの情報は、中国語のページを参照) 

 2009年5月3日

(中国語:http://search.minghui.org/mh/articles/2009/5/2/200065.html