日本明慧
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私心から脱出する


文/大陸の大法弟子

(明慧日本)私は1997年に法輪大法の修煉を始めました。紆余曲折の12年間で、驚天動地なことは何一つなく、他の同修と同じように、人を済度してきました。法を正す時期の大法弟子として、人を済度するのは当たり前のことで、必ず行わなければならず、何も述べることはないと思っていましたが、実はそうではないのです。修煉者には皆自分の歩むべき道があります。師父が言われたように、「修煉の路(みち)同じからず 都(すべて)大法の中に在り 万事執着無ければ 却下に路自から通ず」(『洪吟二』「阻む無し」)なのです。しかも、その道を着実に、正しく歩まなければなりません。特に、最後の最後に差し掛かっているので、師父が要求されている三つのことをしっかり行い、どれ一つも疎かにしてはいけないのです。考えが少しでも軌道から外れると、ズレが生じ、邪悪や旧勢力に私たちが放任した隙に乗じられるのです。 

 それでは、「私」(し)に対する少しばかりの認識を述べたいと思います。 

 私が思うには、旧宇宙の「私」は上から下まで貫かれているものです。しかし、新しい宇宙は、「無私無我で、他人が先で私は後」なのです。これは、旧宇宙と新宇宙の根本的な違いで、「私」を除去し、「わたし」を放棄してこそ、旧宇宙から離脱し、新しい宇宙に向かうことができます。 

 私たちは旧宇宙で生まれた生命であり、そうであるならば旧宇宙の生命の本源物質の中にはこの「私」が溶け込んでいます。これは、根深いものであり、修煉を始めなければ全く意識もできないものです。思想の深いところからよく考えてみて下さい。あなたの一つの考え、一つの念、行なったことの全ての中に、「私」の要素が入っていることでしょう。

 私たちが常人の中で形成した各種の執着心、嫉妬心、顕示心、闘争心、歓喜心、圓満成就を求める心などは結局全て「私」に由来するものです。そうではありませんか? なぜ嫉妬するのでしょうか? それは相手が「わたし」より優れているからではありませんか。何を顕示しようとしているのですか? それは「わたし」が他人より優れていることを、見せびらかしたい、顕示したいからなのです。何を喜んでいるのですか? それは、「わたし」が何かを得ることができた、或いは「わたし」がある分野で他人より良くできたから喜ぶのです。もし、この私心がなくなったとしたら、このような執着心はまだ残っているでしょうか。

 甚だしきは、私たちは時には知らないうちにこれらの「私」を大法の中に持ち込んでおり、そのことに自分でも気付くことができないのです。このような「私」のため、「我」のための観念は、人間の思想の奥深いところに潜んでおり、あなたが深く掘り下げなければ見つからないのです。 

 修煉は超常的なものです。一人の修煉者として、始終何かの目的を持って修煉していては、何も得ることはできません。内に向けて探してこそ、その「私」のため、「我」のための良くない心を掘り出すことができます。向上したいという目的を持っていては、逆に向上できません。それは、私たちの心が純粋でなく、私心を持って行なっているので、旧勢力が見逃さないのです。旧勢力はこう思うことでしょう。「我々には私心がある。あなたも私心を持っている。あなたは大法を利用して威徳を樹立しようと思っているが、あなたは我々と本質的に何も変わらないではないか? 我々は消滅されるというのに、そのようなことであなただけが偉大で神聖な圓満成就に向かうなど、あり得るのか?」と心の中で平衡を失い、旧勢力はあなたを迫害するのです。

 つまり、旧勢力があなたに一本の道を按排したのは、あなたが旧宇宙の特性を以って事を行なうからであり、様々な私心や恐れる心を持ったままでは、いくら多く行なっても、それは利己的なものであり、旧宇宙の特性に合致しているのです。そうなると、旧勢力の牽制を受けるのは当たり前ではありませんか? もしあなたの次元がそれらの上であれば、かれらはあなたを迫害できるのでしょうか。人間が神を迫害することができるのでしょうか。根本的に不可能なのです。それは想像もできないことでしょう。それがあなたに近づいた途端、あなたの強大な正念によって熔けてしまうからなのです。

 私心が少なくなる過程は、つまり私たちの心の容量の拡大の過程でもあると私は思います。私心が減少しただけ、心の容量が広くなるのです。私たちが本当に自己の私心を捨て去り、無私無我の状態で大法を実証し、無私無我で衆生を済度するとき、私たちの心の容量と私たちの功は宇宙大窮と一体に溶け合い、そのときに本当にできないことは何一つとしてないでしょう。

 同修たちよ、精進しましょう! 師父は私たちに最も、最も美しいものを用意してくださっています。私たちを待っているのはすべて神聖かつ偉大なものです。人心による各種の執着を放棄し、一緒に手をつないで最後の道のりを正しく歩みましょう!

  2009年5月21日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/5/19/201162.html