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師父を信じ、大法を信じ 師父はいつも近くにおられる

(明慧日本)私は秦皇島の大法弟子で今年63歳になりました。農村で生まれ、4歳の時に母を失いました。10代の頃、風水や占い、人相、手相などが郷里で流行り始めました。しかし、私は他の同年者と違って、就職するまでは何も信じていませんでした。

 その後、同窓生の子供さんが結婚する前に、布団作りを手伝いに行きました。同窓生は、法輪功を修煉してから肺結核が治り、毎年4、5千元の治療費を節約したことを教えてもらいました。私は師父の経文を持って「本当にそんなにいいのですか? 私も見たいです」と、言いました。それで、同窓生から『転法輪』と『法輪大法義解』をもらいました。1997年3月16日に、私は法輪功を修煉し始めました。その後、私と同修は師父の済南説法のビデオを観ました。本当に師父のおっしゃった通り「縁は到りて法は已に成る」になりました。

 煉功を始めた当初、「第二式功法の頭前抱輪」を煉功する時、とても強いエネルギーが全身を貫通したと感じました。そして「第三式功法の貫通両極法」を煉功する時も、冲灌の動作と伴にあるオレンジの光をみました。座禅する時もよく赤い光が見えます。また、学法する時も、赤い光、白い光、文字が花火のように回っているのが見えました。私はもっと大法を信じて、真剣に修煉を始めました。「返本帰真することこそ、人間としての本当の目的です」(『転法輪』)

 修煉する前、私は貧血、頸椎増殖、三叉神経痛、胃炎、不眠症などいろんな病気を患っていました。しかし、修煉してからは病気が消え、道徳心も向上し、生命の本当の意味もわかるようになりました。毎日、こんなに慈悲深い師父が傍にいてくださることと、自らも大法弟子であることを、私は誇りに思っています。

 1999年「7.20」から、江沢民集団により、法輪功および法輪功修煉者への迫害が始まりました。しかし、師父は弟子たちにより良い人間になることと、執着心を取り除くこと、無私無我の境地に達すること、他人を優先に、自分を後にの正覚まで修め遂げることを説かれ、とても信頼できる人だと思いました。その後、また数回夢の中で啓示していただき、同修と交流した後、他の同修と一緒に天安門広場に陳情に行きました。当時は、ただひたすら師父を信じ、大法を信じ、師父はいつも近くにおられると信じていました。

 あの日は、天安門広場には大法弟子が多くいました。私は、私服警官に殴られ、血がたくさん出ましたが、痛いという感じがありませんでした。それは師父が、私のために受忍されたのだと思います。その後、私は北京大興半壁店刑事警察隊に連行され、取り調べを受けました。出身地と、仕事、目的などを聞かれた私は「法を実証に来ました」と、答えました。どんなに脅威されても私は何も言わなかったのです。その後、私は庭の大きな木に手錠をかけられ、しかもそこには、シェパード犬がいました。しかし、シェパード犬は全く吠えなかったのです。当時は冬なのでとても寒く、手錠をかけられた手も痛くて辛いので、私は心の中で師父にこうお願いしました。「私の心性は高くはないですが、大法の面目を潰すことは、とてもできません。師父、助けてください!!」と、言いました。しばらくすると、急に頭から足のつま先まで暖かくなり、手錠をかけられた手も自然と緩くなりました。師父は再び私のために受忍なさったのです。

 おそらく、師父に対する信念を持っているからこそ、9年来、私はずっと修煉の道を穏やかに歩んで来られたのです。今、私は昼間に真相資料を配ります。スーパーや市場、駐車場、クリーニング屋さんなどで直接脱党を進めても、特にトラブルはありません。ここで、絶対自分のことを顕示しているのではなく、ただ同修と交流したいだけなのです。心理状態は必ず純粋でいてください。師父は時々刻々私たちの近くにおられるので、怖がる必要はないでしょう。実際には、法を実証し、衆生を救い済度することはすべて師父がなさっておられます。私たちはただ大法の中の一つの粒子なのです。

 適切でないところは慈悲なるご指摘をお願いいたします。

 2009年6月10日

(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2009/6/9/202417.html