師父を信じ、法を信じれば、乗り越えられない関はない
文/中国大陸の大法弟子
(明慧日本)私は、1997年に法を得た年配の大法弟子です。法を得る前には、身体が弱く、普段歩くのにもとても大変でした。少し長く立っていても、もう歩けなくなります。修煉してから、以前患っていた病気が全部消えてなくなり全身がとても軽くなり、体調もよくなりました。
たくさんの人が法を得られるように、私たちは家の近くの公園に煉功場を設けて、家では学法グループを作りました。ですから、煉功を始める人がますます増えてきました。
1999年「7.20」、江沢民集団が、天地を覆い隠すように法輪功修煉者を弾圧し、煉功する事も禁止しました。その時は本当に大変で、空気も固まったような感じでした。しかし、私達はそれに脅されず、続けて家で学法をし、煉功しました。大法の威徳と素晴しさを体験した修煉者に、どうしてこの万古の機縁を放棄することなどできるものでしょうか。
一、師父を信じ、法を信じ、旧勢力の按配を否定する
去年の9月に、夢を見ました。夢の中で、「私と夫と、甥は3人でテーブルに座っていました。其のとき突然、巨大な石が私の頭の後ろから飛んできて、テーブルの上に落ちました。私は頭を軽く触られたような感じがしたのですが、すごく傷ついていたので非常に危険な状態でした。 師父がいらっしゃるのだから、師父助けてくださいと思った途端、突然輝いている部屋が見えました。金色のものが沢山ありました。しっかり見ようと思った途端、目が覚めました。数日後、9月15日の夜8時ころ、歯から出血し、全く止まりませんでした。最初にお茶碗で血を受け取っていましたが、その後は、ボールで受け取ることになってしまい、トイレットペーパもひと巻き使いました。その時、頭も膨らんだように感じ、背中も痛くなって、耳鳴りもしましたが、まだ我慢できました。夫はとても心配して、「病院へ行きましょう」と言いました、「いいえ」と答え、全然怖く感じませんでした。そして師父の「弟子の正念足りれば 師に回天の力有り」(『洪吟二』「師徒恩」)を思い出しました。正念正行し、旧勢力の按配を否定し、師父が承知しなければ、私も承知しません。私に漏れがあったとしても、旧勢力の迫害を一切否定します。同時に内に向って探しました。夫も、師父に助けてくださるように願いました。大体30分ほどして出血が止まりました。その後ぐっすりと眠りましたが、また出血で目が覚めました。私は師父の写真の前にひざまずいて、師父の保護を願いました。弟子は師父の段取り(按配)した道のみ歩み、徹底的に旧勢力の迫害を否定し、決して旧宇宙の生命に隙につけ入らせないようにし、自分のよくできていないところはしっかり補って、大法を信じ、師父に従って先史の誓いを実現するのだと思いました。同時に自分の漏れを見つけました。口を修めないことです。そうしたら、出血が止まりました。8時間も出血しました。何時間か寝た後、やるべき事をすべていつも通りにやって、気持ちもよくなり、顔色もよくなりました。もし修煉者でなければ、その結果は想像できるでしょう。
ある時、私は下痢をして、5、6日間何にも食べませんでしたが、大丈夫でした。隣の人が私のすごく痩せた様子を見て、「若い人でも耐えられませんよ、病院で診てもらったほうがいいですよ」と言った、「大丈夫です」と私は答えました。このことは、すべて良いことです。師父は、弟子の身体の浄化をしておられるのです。「業を無くすためには苦痛を伴わなければならない、のんびりくつろぎながら功が伸びることなどありえない」とはっきりと解ります。6日目になったら、完全に治り、食欲も出てきました。この何日間で、体力は消耗したけれど、5式の功法は分けて煉功しました。突然、痛くなったりしても、気にしなければ、すぐに治ります。夜、熱が出ても、朝起きたら、自然に治っています。一念の差は本当に大事だと法理から悟りました。業難が現れても、気にしなければ、スムーズに乗り越えることができるのです。
ある日、夫の足が腫れて、痛くて動けないので、5日間ベッドに上がれず、ソファーで学法し、眠くなったら、ソファーで寝ました。「それらの難はもとよりあなた自身が持っているもので、われわれはあなたの心性を高めるためにそれらを利用するのですが、いずれも乗り越えられるようにしてあります。あなたが心性を向上させさえすれば、必ず乗り越えられるものです。それを乗り越えようとする気がなければ話は別ですが、乗り越えようと思えば、乗り越えることができるのです」(『転法輪』)。夫は学法し、内に向って探し、自分の執着を見つけて、心性を高めた結果、短い間に治りました。足全体は皮が剥けましたが、師父を信じ、法を信じれば、乗り越えられない関はありません。
二、忍び難きは忍びうる。行ない難きも行ないうる
迫害が始まった当時、明慧の資料はなかなかないので、一部があれば、とても大事にしてみんなで順番に読みます。ある同修は資料を持って行って、三日経っても返してくれませんので私はあせりながら、資料を返してほしいと、催促の電話をしました。同修は怒りながら、資料を持ってきました。同じく、私もずっと我慢していました。でも本当の忍ではありません。「みんなのために配達するので、連絡したのに、逆に私に怒った」と思ったのです。常人の考えばかりでした。夜、夢で庭に沢山の同修がいて、私の前に2人がいて、私達は3人で歩いていき、突然一番前の同修がボイラーの台に上がり、さっと頭を下向きにしてボイラーに入り2番目の同修も同じように入りました。温度が高いということも考えずに、わたしもボイラーに入って、出たらまたさっきの庭でした。でも、みんなきれいになっていて、私だけが手のひらに黒いものがついていたという夢を見ました。朝起きて、自分の修練の不足を悟り、内に向けて反省し悪い考えを消去しました。そして自分から先の同修に電話し、互いに打ち解けるようになりました。
修煉の過程で、最初の心性の関は、可愛い娘が病気で亡くなったことでした。このことですごく心が傷ついたのです。修煉者でなければ、本当に生きていけないぐらいでした。悲しい時、できるだけ考えないようにし、師父の法を暗記しました。「人間にはそれぞれ定められた運命があります」「親族の情に執着するならば、必ずそのために疲れ、まとわり付かれ、魔がさして、その情の糸をつかんで一生をかき乱されるのですが、年を取って悔いたところで遅いのです」(『精進要旨一』「修める者の忌」)娘のお葬式を済ませた2日目に、師父の講法ビデオを見に行き、帰ってきてから、神通加持法を1時間座れるようになりました。これまでは、30分か40分しかできなかったのです。師父が私を激励して下さっていると悟りました。
修煉しはじめたころ、心性の関を乗り越える時、つらいときがありました。ある日、夫と喧嘩して、彼に叩かれました。私も心性上悪いところがあり、全く「忍」を守れなかったのです。その後、辛くて、師父の写真の前でひざまずいて泣きました。この難関を乗り越えられなくて、とても後悔しました。法を勉強してから、忍は心性を高めるポイントだと認識しました。師父は「トラブルは突然現れるかもしれませんが、決して偶然なものではなく、みなあなたの心性を高めるためのものです。あなたが平素から煉功者として自覚してさえいれば、それに正しく対処することができるでしょう」「ですから、何かトラブルに遭った時こそ、自分自身の黒い物質を白い物質に、つまり徳に転化させる時だ、とわたしは言うのです」(『転法輪』)ですから、忍はとても肝心なことで、一人の修煉者は必ず本当の忍にまで至らないといけないのです。その後、トラブルが現れる時、私は常に修煉者の基準で自分に要求します。たまに正しく対処できなければ、その日の煉功は無駄になってしまったとすぐ悟れます。心性を高めることこそ、功が伸びるという法理が分かったのです。ですから修煉は必ず忍を修めなければいけません。
日常生活の中で、大法の基準で自分に要求し、いつも自分が修煉者であることを忘れずに行動すれば、人々は大法に対してとても良い印象を持ち、大法弟子は常人の前で正々堂々と姿を現せるのです。しかし、まだ様々な執着心を持っているので、人に対して寛容ではなく、闘争心や、(色々な)情などが深いところに隠されていて、掴みにくいのです。また夢を見た中で、町で夫と一緒にご飯を食べている時、出てきた人がちょうど嫌いな人だったので自分が修煉者ということを考えずに茶碗を投げつけてしまったのです。後でとても後悔しました。まもなく私は、空を飛んでいるかと思うと、突然、ゆっくりと下へ落ちていきました。「心性の高さは功の高さ」(『転法輪』)師父の法に遵っていない自分を本当によく反省しなければいけないと思いました。全ての執着心をなくして始めて、修煉者の基準に至ります。師父の苦心の済度と慈悲によって悟らせて戴いたことを心から感謝致します。
三、真相を伝え衆生を救い済度し正々堂々と法を実証する
迫害が始まった時、中国共産党が嘘の宣伝をして人々を毒害したこと、そして、洗脳されて何十年も真相が分からない人が多く、真相を理解する人が少なく、本当に大変でした。ある、法を得たばかりの年配の同修は、家族が邪悪の虚言を聞いたので怖がり、煉功を禁止されました。同修はしっかりしているが、あまり学問ができず、話すことも苦手な人でしたので、子供を説得することができないと思い、とても圧力が大きかったです。その同修が私に相談してきましたので、とりあえず私が同修の娘さんと話し合うことにしました。その同修の娘さんの家に行って、大法の真相を紹介し、「我々の師父は、私たちに悪いことをしないで、良い人、もっと良い人になるように要求しています。お母さんの病気は煉功で治ったのです。毎日元気で家事をやっているし、貴方が安心するように家庭のことをよく世話しています。お母さんの人柄をよくわかっていますね、煉功したからといって、絶対悪いことはありませんよ、かえってよいことばかりありますよ」と話しました。彼女は何にも言えませんでした。その後、彼女の社長(私の知り合い)の家を訪ねました。大法の素晴しさを紹介し、彼女を説得するように頼んでおきました、その社長は、「はい」と言いながら「将来、退職したら、あなたと一緒に煉功しましょう」と言いました。その後、同修の修煉環境は良くなり、子供3人も三退しました。
迫害が始まったばかりの時、真相資料があまりなかったので、ある同修は自分で「法輪大法好」の横断幕を作ったので、何枚かもらいました。夫と運動場を散歩するとき、回りに暗くて人影が少なかったので横断幕を木に掛けました。はじめて法を実証するので、少し緊張して怖いと思いタクシーに乗って遠回りをして家に帰りました。その日はちょうどクリスマスでした。家に帰って自分が慌ててマフラーを投げたことに気づき、とてもおかしいと思います。
法を正す過程の推進に従い、深く法を勉強し心性が高まったことによって、今我々は真相を伝え資料を配ることに対して、もう全く恐れを感じません。正々堂々と色んなチャンスを利用して、同級生や、同僚、隣の人に、家族ごとに、1人1人に真相を伝え、三退を勧めます。ある日、スーパーで昔、同じ地区に住んでいた国家安全局のリーダーに会いましたが、この人は法輪功の弾圧にとても力をいれています。彼は、「あなたたちは元気ですね」と言ったので私は、「法輪功のおかけですよ」と答えたら、彼はびっくりして後ろに2歩ほどさがって「あなたたちもやっているの?!」と言った。私は「そうですよ、こんなに良い功法を、なぜやらないのですか? 修煉者はみんな善良な人ですよ」と伝えました。彼にどんな考えがあっても、法を実証し法を守るために、私が言うべきことを言いました。これは、師父の按配だと思います。
私の友達(小学校の教師)と知り合ったお医者さんは、三退した後、身体から何かが取り除かれたと感じ、全身が軽くなったそうです。もう一人の、服飾テーラーで働いている小燕さんは、三退した後、何日か後、彼女のご主人がバイクに乗る時、車にぶつけられて遠くまで投げ飛ばされました。本当に危ないところでしたが、全く怪我をしませんでした。彼女達が私と会った時、とても感謝しました。私は、「私に感謝しないで、これは大法の師父があなたを助けましたよ、師父に感謝してください」と言いました。
洋品店を経営している宋さんは、1年経って再び会った時、「三退してから、店はとても盛んになりました」と言うので、私達も嬉しく思いました。
ほかの良くできた同修と比べると、まだまだ足りないと思いますが、これからも、自分を修めるとともに、法を実証し衆生を救い済度し、先史の約束を果たせるように、もっともっと精進します。
適切でないところがあれば、同修の慈悲なるご指摘をお願い致します。
合掌。
(第五回中国大陸大法弟子の修煉体験交流会)
2009年6月30日
(中国語:http://www.minghui.org/mh/articles/2008/12/8/190998.html)
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