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師父の啓示に正しく対応する


文/中国大陸の大法弟子

(明慧日本)師父の啓示に正しく対応することは、法理を正しく悟ることでもあり、師父の言うことを聞くことでもあります。

 数日前、私たちの地区の同修が連行され、皆とても心配して、なぜこんなことが起きたのかと考えました。連行された人はみな古い修煉者で、しっかりと修煉しているので、なぜこんなことが起こりうるのでしょうか? この出来事が起きたので、私も考えをまとめたいと思います。

 思い出してみると、この出来事は避けられないわけではありませんでした。師父はかつて、その連行された人に啓示を与えられたことがあります。しかし、彼女は悟りませんでした。当時、彼女は全く修煉するという状態になってないようでした。約3か月前、彼女は小さなグループ学法に参加したとき、ドアから入ると、「誰か充電器を貸してくれない? なぜ私の充電器が見つからないの? どんなに探しても見つからない」と焦りながら言いました。ある同修が「内へ向かって探してください」とアドバイスしましたが、彼女は大声で「どうやって内へ向かって探すの? わからない!」と言いました。ある同修は、彼女の状態が良くないと感じ、あまり多く言いませんでした。

 3、4カ月後の今日、彼女はずっと内へ向かって探しておらず、すぐに自分を正しい状態に戻せなかったため、連行されました。思い出してみると、当時内へ向かって探し、落ちてしまった(修煉状態ではなく)原因を見つけたら解決できたと思いますが、なぜ師父が私たちに教えくださった法の宝を忘れたのでしょうか? しかも内へ向かって探さない上、怒っていました。これは自分が修煉者であることを忘れているのではありませんか? 連行されたことは本当に重大な試練です。私は悟りました。彼女は充電器を事件と見ていて、なぜ、修煉者として充電器がなくなったことは何の意味を指すのかを考えないのでしょうか? 実際、師父はあなたがもうすでに正常に充電できないので、早く原因を探すようにと彼女に悟らせていたのです。修煉者が数か月も修煉状態が良くないのに、自分でまだ気付いてないのです。これはどんなに怖いことでしょうか。もし、師父の啓示を正しく悟り、内へ向かって修煉状態ではない原因を探して、自分を正しい状態に戻したら、問題は解決するではないでしょうか? 師父の啓示も無駄になりません。

 もう一つの出来事がありました。ある同修は、「私はグループ学法した後、ドアから出ると、なぜか分かりませんが、携帯電話が落ちました。ポケットに穴がないのに」と言います。他の同修は「悟ってみてください」と言いました。しかし、その人は「悟っても出てこない、もう悟りません。それは私のものではない、私はものを落としません。法に従えば大丈夫です」と言いました。

 私は次のように悟りました。彼女の表面的な話は間違っています。大法の基準の要求に従うべきです。しかし、師父は、周りで起きた出来事は偶然ではないと私たちに教えてくださいました。もし、あなたが大法の基準に従ってしっかりと行うのであれば、師父は啓示しないのです。あなたがこの問題上ですでにしっかりと行えなくなったので、師父が啓示を与えてくださったのです。そして、なぜ師父があなたに啓示を与えなければならなかったのかを考えないのでしょうか? 師父が啓示を与えてくださったことに対して、正しく悟らなくてはなりません。

 もし師父があなた啓示を与えたなら、それは、あなたが最近直面した問題に正しく対処してないからです。しっかりと正念正行できないからでもあります。間違いを犯しそうな時、師父が啓示を与えてくださるのです。なぜ無視できるのでしょうか? 師父が苦心して悟らせたことは、最も簡単かつ最も分かりやすいのです、人類の言葉で表現できることではないことで、必ず悟れるのです。私たちにはまだたくさんの人心があるので真心を込めて悟らないのです。

 この教訓を覚えてください。この最後の衆生を救い済度する限られた時間で、出来るだけ間違いを犯さず、回り道をせず、たくさん法を学び、しっかりと学び、正しい念と正しい行い、三つのことをしっかりと行いましょう。できるだけ師父に心配をかけず、師父の心配を無駄にしないようにしましょう。

 法理に符合しなところがあれば、慈悲なる指摘をお願いします。合掌。

 2009年8月5日

(中国語:http://minghui.ca/mh/articles/2009/8/1/205480.html

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